多摩美術大学 芸術人類学研究所
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芸術人類学研究所の誕生 中沢新一

 多摩美術大学に「芸術人類学研究所」が誕生した。「芸術Art」と「人類学Anthropology」というふたつのよく知られた言葉をつなぎあわせて、私たちは「芸術人類学Art Anthropology」という耳慣れない新造語をつくり、その言葉に導かれながら、新しい思想の企てをはじめようとしている。「芸術」と「人類学」をひとつに結びあわせて、私たちはそこで何をつくりだそうとしているのか。若者の心にふたたび野生を取り戻させる運動の拠点である。

 世の中には、ポストモダン化した現代では、人間はどんどん動物化していくと言う意見がある。しかしそこで言われているのは、じっさいには動物といっても「飼い慣らされた動物」のことで、つまりは家畜の生き方に、人間はどんどん近づいているのである。教育やメディアや家庭環境をとおして、私たちの感覚や思考は一定の管理水準に合うように、知らず知らずのうちに飼い慣らされてしまっている。そのために、自分の感覚や思考が「野生」の状態を生きていたことを、忘れてしまっている。しかしそれはたんに忘れられているだけで、その野生は生命と結びついた無意識の奥で、しっかり生き残っているのである。
 その無意識の奥に潜在している感覚と思考の野生を目覚めさせ、立ち上がらせ、それに表現をあたえることのできる知性のかたちを、「芸術」を呼ぼうと思うのだ。いや、そういう知性のかたちのことだけが、芸術という名にあたいする。そしてそういう芸術はファインアートの領域を超えて、人間の生き方の全領域にみいだしていくことができる。いまも私たちの無意識の奥に潜んでいる野生の感覚と思考を呼び覚まし、活用することができないかぎり、いきづまってしまっている今日の人間の世界に、未来の風が吹き込んでくる窓を開くことなどはできないだろう。
 だから「芸術人類学」なのである。人類学と考古学は、現世人類の心の構造が、数万年のあいだ少しも変化していないことを、あきらかにしてきた。人類の心の奥底には、野生の野がいまも息づいている。そのことを自分たちの記憶の奥からもういちど掘り起こし、そこで手に入れた「野を開く鍵」を若者たちに手渡すことこそ、おそらく私たちがいまいちばんやらなければならない仕事である。

 日本の多くの大学でおこなわれている学問は、いま明確なヴィジョンも持たないまま、きわめて危険な方向への滑落をはじめているように、私には思われてしかたがない。そういう時代には権力の近くから去って、ロビンフッドのように森に入って、生き残りと再生をかけた拠点づくりをはじめるのがいい。多摩の森の一角に生まれるこの新しい研究所は、日本人の心の野生を目覚めさせるための、21世紀の拠点となることをめざしている。

「読売新聞」(2005年7月19日夕刊)掲載記事に加筆修正

 

Diagram of Institute for Art Anthropology activity

芸術人類学の基本イデア

 下図は研究所活動の概念ダイヤグラムです。Virtualな領域は卵としてあらわされます。その卵の核となる部分、「芸術人類学の原理論」は、芸術(Art)、霊性=贈与(Spirituality=Gift)、経済(General Economy)という芸術人類学をつくりあげる「三位一体」で構成され、そこから6つ運動線が外に向かってのびていきます。卵に内包される6つの研究部門、I―「神話の生命力」、II―「野外を行く詩学」、III―「芸術の発生学」、IV―「ユーロアジアをつらぬく美の文明史」、V―「生命と脳」、VI―「平和学の構築」を通過した運動線は、孵化したさまざまな雛鳥となって外界となるRealizeの領域に向かって飛び立っていきます。中には再びブーメランのように、卵の中に還流してくる雛鳥もいるでしょう。このようにVirtualからRealizeの領域まですべてが密接にリンクしながら片時も止むことのない活動を続ける知性の運動体として、《芸術人類学研究所》の活動は構想されています。

《芸術人類学研究所》の活動概念ダイヤグラム


 

0―芸術人類学の原理論(中沢新一) VIRTUAL→REALIZE
↓
I―神話の生命力(中沢新一+鶴岡真弓)
 
II―野外を行く詩学(平出隆)
 
III―芸術の発生学(港千尋+長谷川祐子)
 
IV―ユーロアジアをつらぬく美の文明史(鶴岡真弓)
 
V―生命と脳(安藤礼二+中沢新一)
 
VI―平和学の構築(坂本龍一+中沢新一)
↓↓↓
実在の世界での多様な展開
これらの運動線から生みだされるさまざまな知性は、羽ばたく鳥となり、人間の生き方の全領域に向かって多様に(たとえばミュージアムやマスメディアなどを通じて、出版や映像、イベントなどとして)展開されていくことになる。

 

 このように《芸術人類学研究所》の活動は、人間の無意識の奥に潜在している感覚と思考の野性をめざめさめ、立ち上がらせ、それに表現を与えることのできる知性のかたちをめざして、すべての領域に向かって多層的に展開されます。

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