映画, film , cinema , motion picture , picture , movie , 電影 , キネマ

映画技術による文芸演劇の変貌


Fantasmagorie 幽霊ショー


Necromancy 降霊術


Magic lantern 幻灯機 Lanterne magique ルル

肖像画家アントワーヌ・リュミエールの二人の息子によるシネマトグラフ1894年「リュミエール」が映画興行に成功する。


[水まき]

1892 ルミエールの興行 シネマトグラフ
1894 [工場]
1894 最初のスター'Fred Ott's Sneeze'
1895 [汽車到着]
1896 アリス ブラシェ「キャベツの精」
1902 メリエスのマジック館
1903 [Alice in Wonderland] []
1908 [Emile Cohlアニメ Fantasmagorie]
1910 ルーセル 映像療法
1914 ルーセル 死体劇場


その10年後、エジソンの撮影技師エドウィン・S・ポータが撮影編集監督した劇映画1903「大列車強盗」がヒットし、さらに10年後の1915に脚本家のグリフィスは長編「國民の創生」を完成し大規模なスペクタル米国映画の巨匠が誕生する。
「フォノグラフが耳のためにしたことを、目のためにするような機械を開発するのは可能なことではないか」1889 エジソン

1896 興行ポスター
1903 劇映画「大列車強盗」
1910 [エジソンFrankenstein]
1915 [長編グリフィス 國民の創生]
1916 グリフィス「イントレランス」

1897日本初の映画興行
大阪市戎橋通りの南地演舞場
東京市の神田錦輝館
1899国産第一号の活動写真
東京歌舞伎座『芸者の手踊り』

活動写真 自動幻画 自動写真
(シネマトグラフ)
電氣作用寫眞活動機械
(キネトスコープ)
(ニーテスコップ)
(ヴァイタスコープ)


一方、第一次世界大戦後のヨーロッパでは、パウル・ヴェゲナ監督1920年「ゴーレム」、ローベルト・ヴィーネ監督1920年「カリガリ博士」、フリッツ・ラング監督1921年「疲れた死神」、F・W・ムルナウ監督1922年「ノスフェラトゥ」などの心理的なドイツ映画が展開した。
ドッペルゲンガ Doppelganger 生きている人間の霊的な生き写し


1920 ヴェゲナ「ゴーレム」
1920 ヴィーネ「カリガリ博士」
1921 [ラング 疲れた死神] []
1921 [チャップリン キッド] []
1922 ムルナウ「ノスフェラトウ」
1923ワースリ「ノートルダムのせむし」
1925 エイゼンシュテイン「軍艦」
1926 ラング「メトロポリス」

 

1933 ゲッベルス「帝国文化院法」
1934 レニ「意志の勝利」
1935 多摩帝国美術学校
1936 [チャップリン モダンタイムス]
1947[ナトコ映画]

[machines]


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[Victorian Cinema]
[A filmtechnika]
[映像論北野圭介]