報道写真の萌芽は写真発明直後のクリミア戦争の戦場記録写真などに現れている。

ロシア軍と戦うイギリス軍は予想外に苦戦していた。夥しい戦死者を出し、それ以外に重病になるものや、冬になり凍傷で手足を失う兵隊も多かった。イギリスの高級紙タイムズは、これを軍の失策として厳しく批判していた。
英政府はこれに対抗するために、ロジャー・フェントン[Roger-Fenton]を従軍させ、軍が活躍している姿を大衆向け月刊誌イラストレイテッド・ロンドン・ニュースに銅版画の形で掲載した。
政府は、軍が不利になる死体や負傷者、病人の撮影をフェントンに許さなかった。
クリミア戦争を撮った彼が最初の戦争写真家といわれているが、戦争写真の始まりは政府による情報操作の道具だったといえる。

crimean war 2