● 2014年11月3日(月) いよいよ展覧会にむけて、集荷作業がはじまりました。定福寺の六地蔵様をお預かりしに上がった朝、萌黄色の法衣をつけた釣井龍宏住職と龍秀副住職が出迎えてくださいました。鬱蒼とした森のなかにあるお寺の収蔵庫はすでに遷座作法の支度が整えられ、ガラスケースの向こうにあの不思議な微笑みを浮かべるお地蔵様が待っています。住職がお地蔵さまに「しばらくの間このお寺をはなれ、多摩美術大学の美術館にお出ましいただくが、そこでもまた多くの方々に功徳をお与えください」と表白(ひょうびゃく)を唱えている間、お地蔵様は神妙面持ちで聞き入っているように見えました。読経も終り、私はもういちど六体のお地蔵様を見上げると、なぜかそこにはすこしうきうきとした、まるで遠足の日の朝の小学生たちのような表情をした子供たちのすがたがある気がしました。今から八百年ほど前に、このお地蔵様たちはつくられました。ヒノキの美しい木目が全身を覆い包んでいます。 (青)
● 2014年10月31日(金) (青)
● 2014年10月29日(水) 今年最後の台風は、みな高知県を横断して本州へとやってきた。高知にいた頃、古い木造の家にすんでいて、夜半に台風がやってくることは分かっていたのですが、いつしか寝てしまいました。夜中に地震のように家が揺れて飛び起きたのですが、それは台風の仕業でした。家のまえの道がいつしか川のようになっていました。高知の雨は、本当に自然の厳しさを教えてくれました。土佐の地形を見ていると、四万十川や仁淀川、鮎のおいしい安田川や物部川などは、みなその流域が四国山地ですから河口までの距離も短く、結果として鉄砲水のような流れになって周辺の町や村を飲み込んでいきます。「雨壷(あまつぼ)」「雨包(あめつつみ)」「雨窪(あまくぼ)」といった地名にもそうした名残が残されています。 (青)
● 2014年10月26日(日) 大きな台風が過ぎて、いつの間にか秋の空になっていました。十年ほどでしたが私は高知県に住いしていました。毎年のようにやってくる台風は、やはり太平洋に面したくぼみのようなかたちの土佐湾にしばしば上陸していきました。室戸市の海岸線にある家は、家の屋根よりも高い塀が連なっています。今回、十一面観音像を出品してくださった室戸市椎名の集落も、台風シーズンになるとしばしばテレビに登場します。美味しい寒ブリが獲れる村です。来年お仏像をお返しにあがったときには、寒ブリの鍋と土佐の新酒が待っている・・・・かな?! (青)
● 2014年10月24日(金) (青)
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