お問い合わせ美術館概要スペシャルコンテンツ関連イベント展覧会紹介開催概要トップページ 四国霊場開創1200年記念  祈りの道へ −四国遍路と土佐のほとけ− 2014年11月22日(土)〜2015年1月18日(日)多摩美術大学美術館


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四国遍路について
 祈りの道へ−四国遍路と土佐のほとけ−

 いつの頃から四国遍路が始まったのか、伝説によると讃岐(香川県)に生まれた空海は、四十二歳のときに四国を巡錫したと伝えられ、この時以来、千二百年の時をへて、空海がかつてたどったと伝えられる四国の道は、「遍路道」として多くの人々を迎えてきました。「遍路」という言葉の起源もはっきりとは分かりませんが、平安時代のおわりから鎌倉時代のおわり頃に書かれた記録には「辺地(へち)」や「辺路」という記事が出てきます。後白河法皇が編纂した『梁塵秘抄』(巻二)には次のような歌があります。

御厨人窟(室戸岬) 撮影:大屋 孝雄
われらが修行せし様(やう)は
忍辱袈裟(にんにくけさ)をば肩に掛け
また笈(おひ)を負ひ
衣(ころも)はいつとなくしほたれて
四国の辺地(へち)をぞ常に踏む



 このような今様歌が詠われていた様子からも、平安時代後期にはすでに四国は仏教者にとっては修行の地として開かれていた模様で、そこからは四国を巡る遍路の祖型のような人々の存在が伺われます。十三世紀後半に作られた神奈川・八菅神社の碑伝(ひで)には「四國遍路」の墨書がみえ、中世の祖師信仰に習って弘法大師の旧跡をたどる信仰が始まり,そうしたものが今日の遍路道の起源となっていったのかもしれません。今回は各地の寺院址から出土した弘法大師空海の時代に遡るせん仏や古瓦などの考古遺物、平安時代から鎌倉時代にかけて制作された仏像・仏画・考古資料・遍路に関わる民俗資料を四国圏内の寺院や資料館などからお借りすることが出来ました。四国遍路の前夜〜黎明期〜そして遍路の信仰が民間においても活性化する時代のすがたをご覧いただきたいと思います。
 四国遍路は近世になると、その往来に多くの民衆が各地から訪れたほか、徳島県を中心に行われた「娘遍路」や、尾張(愛知)、紀伊(和歌山)、大和(奈良)などからは春秋の遍路のシーズンになると「接待講」がひらかれるなど、遍路を通じて生涯教育の一端が行われたり、遍路とそれを支える人々の交流の「場」が生まれました。
 この展覧会は、空海の時代からの長い歳月を、この四国の大地、そしてこの「祈りの道」がいかに遍路たちを受け止め今日にいたったのか。またその信仰の背景に生みだされた仏像などの文化遺産がどのような環境下で作られてきたのかを体験していただければと思います。私たちの美術館で、ひとときの四国遍路を体験してみてください。

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