月と王―聖と俗―を繋ぐもの

今井 美希

作者によるコメント

日本の戦国と呼ばれる時代を生きた武将・伊達政宗と彼が着用した黒漆五枚胴具足という月の意匠のつけられた甲冑を題材にして、月という聖なるものと俗なる世界を生きたある集団における王との関係を考察する。先に挙げた二つの対象はある時代の中で聖なるものがどのような事物を介しどのような人によって扱われたのかという一例であって、考察していきたい最終的な課題は聖と俗という要素がどのようにして、何を媒介にして繋がるのかという点と、両者が繋がる場において新たに生み出される思考の正体である。

担当教員によるコメント

兜に「月」の造形を戴く伊達政宗の「黒漆五枚胴具足」は、日本史の分野でも広く政宗の遺した美的遺産としてしばしば話題とされてきた。しかしこれまで歴史学においては、兜が戴く「月」の表象性とその装飾的意味価値そのものについては、十分には解明されてこなかった。この論文は「戦国時代」の武士の生命観に流れ入った、日本古来の「月の神話」にさかのぼり、政宗自身の意識に、いかに「聖なる月」が、「俗なる人間世界」の精神や志の表象として宿りつつ、形象化されたのかを解明した。その読み解きは正宗が月について詠んだ和歌にまで検証を及ばせ鋭利である。たんに甲冑デザインを紹介する域を遥かに超え、芸術表象の視点から日本史学にも新たな提言をなし得る成果をものした優れた論文である。

教授・鶴岡 真弓