旅と意識変容―ル・クレジオ作品に見る「沈黙」をめぐる考察―

海老塚 万智

作者によるコメント

交通手段や情報網の発達によって、私たちの「世界」に対する認識はより豊かになったと同時に、旅もまた豊富で手軽なものになった。その一方で、発達した社会は「こうあるべき」旅のあり方を提示し、人の感性を均一化させてしまったように思われる。しかし、旅の経験を芸術に昇華させる人間にとって、旅は精神的事象そのものである。本論は、フランス人作家ル・クレジオの「沈黙」の概念の変遷に焦点を当て、旅によって彼の意識がどのように変化したのか考察を試みるものである。それによって、人と旅の関係性についてひとつの展望を見いだすことができるかもしれない。

担当教員によるコメント

海老塚万智さんはもともと旅に大きな関心を抱いていました。その旅は、単に物理的な移動を意味するだけでなく、自分とは異なった文化に触れることによって精神的に大きな変容を遂げるという特別な経験を意味しています。卒業論文では、そのような旅を実践しノーベル文学賞を受賞したフランスの作家J.M.G.ル・クレジオを対象に選び、特にル・クレジオがはじめてヨーロッパの外へ出たメキシコ体験の前と後を詳細に論じています。メキシコ以前の段階ですでにル・クレジオは近代的な自我の奥底にあるものを体感しており、そのことによってインディオたちが身をもって教えてくれた異質な世界をより深く理解することが可能になったという立論は、新鮮かつ刺激的な視野をひらいてくれます。

准教授・安藤 礼二