マルセルに因って―現代美術におけるおおきな傘の考察

細道 航

作者によるコメント

本論文は、マルセル・デュシャンという現代美術を覆う「おおきな傘」が、現代においてどのように機能しているか考察したものである。
考察方法としては、デュシャンの作品を紹介した後、戦後アメリカ美術を通してデュシャンが「おおきな傘」になった要因を述べ、その後、日本美術においても「おおきな傘」が広がっていたことを論じた。そして、最後に「ポスト・モダン」という観点から、現代において「おおきな傘」が失墜してしまったことを述べた。

担当教員によるコメント

マルセル・デュシャンを論じるとき、すでに多くのことが言い尽くされていると思わざるを得ないところがあり、もはや異なった視点で捉えることは困難であると思えるのだが、論者はデュシャンをフィルターとすることで現代美術を語りながら、現代におけるデュシャンの意味、その作品の呈示する行方を探る。しかも、そのやわらかな言葉は巧みに、デュシャンを現代芸術における「大きな傘」として捉え、その影響を理解するとともに、時代、あるいはそれぞれの領域における変化の過程を見いだす。そのうえで「大きな傘」は果たして朽ちているのかどうかということを検証し、「大きな傘」は誰にも気づかれることなく、ぼろぼろになってしまったと記す。さらなる展開を期待させる論文である。

教授・海老塚 耕一