技術と陰影―大江健三郎の『美しいアナベル・リイ』について

近藤 悠輝

作者によるコメント

『取り替え子』から『美しいアナベル・リイ』に至る映画製作という主題を、異言語間の差異に対する同質性と異質性の綜合とみなし、『美しいアナベル・リイ』を題材として、映画における現実と実証的な現実の関係を論じる。論文成立の目的は、大江が2006年に書き下ろした処女詩「形見の歌」で表明した「否定性の確立」という創作態度が、綜合性における否定性か、否定性における否定性かを判断することである。

担当教員によるコメント

大江健三郎の小説『美しいアナベル・リイ』に引用されるポーの詩が書き変えられていることをめぐって立論され、原文と訳文のあいだに起っている差異に注目する。この差異の絶対性を看過するか、尊重するかが、現代の文学における分岐点の問題であると、論者は見定めているらしい。前者がもたらすものを「陰翳」、後者のそれを「技術」と呼ぶ。大変むずかしいところに着目しつつ、文学言語の表層を粘り強く論じていて、貴重な論考になっている。惜しむらくは、ところどころに結果としての飛躍または韜晦が見られることだろう。しかし、現代文学の批評として、高度な次元をめざしえたものであることは確かである。

教授・平出 隆