ティノ・セーガル作品における記録の拒否について

木下 桂佑

作者によるコメント

本論文は2013年にヴェネツィア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞したロンドン出身のアーティストであるティノ・セーガルについて論じたものである。セーガルの作品の持つ特徴に、パフォーマンスを他人におこなわせるということと、写真やヴィデオによる作品記録の拒否がある。記録の拒否は観客に対してだけではなく、作家側にも課せられたものであり、この記録の拒否がセーガル作品全体にどのような影響を与えているのかというのが本論文のテーマである。

担当教員によるコメント

本論文はティノ・セーガルという論文の対象として困難な作家をテーマに選んでいる。その背後には記録、情報によって代替される現実の体験の希釈に対する批判、そして観客のエンゲイジメントの度合いに挑戦していく実験性への関心がある。セーガルの独自性は、作家によって動員された人々がパフォーマンスを行う点と、パフォーマンスの一切の記録を拒否している点である。作品の売買はするが、領収書等の記録は拒否しており、究極の非物質性の売買という意味で資本主義に対する警告ともなっている。本論はこれらの特徴を明解にしながら、なぜ彼がこれほど言説や歴史の読み直しにゆさぶりをかけているかを社会論や経済論を引用して分析し、構造的な問題を問いかける論文である。

教授・長谷川 祐子