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(9) 秋山孝最新情報
up date:2005.02.21  


[This print is presented to the graduate in Kansai College of Culture & Arts. ]
[2003年より制作している卒業記念のための版画です。関西文化芸術学院の卒業生に贈呈されます。]


Serigraphy
2004 Graduation Commemoration
Kansai College of Culture & Arts

Print Art : Takashi Akiyama 21.Jan.2005

「関西文化芸術学院」2004年度(2005年3月)
卒業記念版画(シルクスクリーン)制作」

版画:秋山孝・2005年01月21日  (update 050221 kon)


 2004年度(2005)
  "Starting in life"(巣立ち)
 2003年度(2004)
 "Departure"(旅立ち)
  2002年度(2003)
  "Growth" (成長)

2002 "Growth" (成長) , Serigraphy 200 X187 mm
2003 "Departure"(旅立ち)Serigraphy 200 X187 mm,
Edition 100 sheets,(AP/Serigrapher 30,AP/Akiyama 20)
2004 "Starting in life"(巣立ち)Serigraphy 200 X187 mm
, Edition 100 sheets , (AP/Serigrapher 30,AP/Akiyama30)


[An interview about Akiyama's "Rakugaki" appeared on the magazine which a student issued.]
[
多摩美術大学の学生が制作した「ラクガキワールドマガジン・アーチン」のインタビューを受ける
]

Interview about Rakugaki, "Rakugaki World Magazine e:chin"

06.Jan.2005 issue (Tama Art University,Editorial Design class)

学生が課題で制作した雑誌「ラクガキワールドマガジン・アーチン」
「らくがき」について、秋山のインタビューが掲載
されました。

2005年1月6日発行(多摩美術大学グラフィックデザイン学科・エディトリアルデザイン1)

小泉弘先生の授業による、2004年度後期グループ制作「雑誌創刊」の課題ででき上がった雑誌です。

編集・制作・発行:多摩美術大学グラフィックデザイン学科・エディトリアルデザイン1
ラクガキワールドマガジン・アーチン・創刊号
発行:2005年1月6日

「アーチン」制作メンバー

多摩美術大学グラフィックデザイン学科・エディトリアルデザイン1・生徒
大野悟
鬼島明日香
坂本朝香
鈴木聡子
幡地奈津子
古屋純
山元可奈子

タイトル:人間には「伝えたい」というすごい欲望がある。秋山孝   (update 050204 kawa)

Rakugaki World Magazine e:chin・表紙
特別インタビュー・秋山孝
P11,P12-P13)

Rakugaki World Magazine e:chin,P12-P13
Rakugaki World Magazine e:chin,P14-P15
Rakugaki World Magazine e:chin,P16-P17


インタビュー:人間には「伝えたい」というすごい欲望がある。秋山孝

──漠然とした質問なのですが、らくがきについて先生はどうお考えですか?  
  今の東京にある街の中の落書きはね、形骸化されて、落書きの自由がなくってさ、フォーマットどうりの「こう描かなきゃいけないんだ」という方程式になって、東京でも大阪でもニューヨークでも同じような落書きがあるわけでしょ。あれは落書きの形骸化で、街の中にある落書きは、誰も関心を示さず消え去ってしまった。本当の落書きになってしまったわけですよ、「消した方が良い」という。ところが落書きが世界の中で動いたのが1980年代の後半から90年代始めの間で、落書きが非常に魅力的だったんですよ。それは何故魅力的だったかというと、若いアーティストたちが自分達の表現の場を求めているわけで、それが一番理想的なのはさ、国立近代美術館や東京近代美術館だけど、今時分の君たちの作品をそこに展示したいといったって、そんなの無理なわけでしょ。展示できるわけがないんですよ。展示する価値があると思われなければ無理なわけですよ。秋山孝の展覧会はやるのに君たちのはやらない。それは利益がないからなんですよ。若い人たちのを展示したって得をすることがない。作品を持っていったって捨てられるだけ。そういう人たちには表現の場がないんですよ。画廊借りるかって言っても、一日25万、35万、高いところだと一日100万くらいするわけで、そんなところ若い人たちには借りられないじゃないですか。そういう意味でさ、街にある壁面 を見つけて「あ、ここあるじゃない。」って、自分達の表現の場に選んだわけですよね。そこが、美術が行き詰まってきた、落書きの手法だったわけ。でもそれって社会的に犯罪でしょう。その犯罪を乗り越えて、乗り越えてないけど、犯罪だとわかりながらも捕まったりしながら、やってたわけ。ところがニューヨークでは、「街を汚すのはダメ」「美しい街にしないと人が集まらないんだ」と言われてきたのだけれども、ある人たちが落書きを見て、「あ、これはちょっと、ホンモノかもしれない。」と言った。今の街中の落書きは結構似非もの的な、形骸化されたものだけれども、当時の落書きというのは有能な人がやって優秀なアーティストたちがやったから、それは文化として残るんだと言った人たちがいるわけですよ。だから送り手と受け手の関係が非常に良い関係だったんですね。それで評価された。ところが東京は、そういう動きもあったんですけども、評価してくれる、受け取る側がいなかった。イラストレーションでへたうまなひとを呼んでさ、パリでもドイツでもニューヨークでも大きな都市のロンドンでもその運動が起こったんだけども、一番評価してくれたのはニューヨークだった。ニューヨークの一つの文化になった。それを優れた画廊が商売にしていった。キース・ヘリングが死んだ時には大きなミュージアムで個展が開かれた。厚い壁にかかれた壁画も、保存する為に壊して抜き取ったりして、大事に保管する人たちがいたんですよね。それも人間の一つの心の叫びの表現だったわけですよね。それを見た人たちが感動して、「はあ、こうだったよね。」と強く打たれるわけです。それが非常に大事なことなんですよ。そういう真実をコミュニケーションのなかに取り上げていかなきゃいけないなあと、いう風に思っていたわけです。その行為はどういうことかと言うと、ラスコーの壁面 に描かれていたものだとか、アルタミラやフゴッペンなどに描かれていたものと、全く何の変わりもなかったということなんですね。ラスコーの壁画も今では「スバラシイ!」なんて言っているんだけどさ、やっぱり落書きだってちゃんと良いものもあって、それがあらゆる行き詰まりを打破する表現手法として地平線上に浮かび上がってきたんですよ。それは子供が描く絵であったり、オートマティックな絵であったり、キース・ヘリングやバスキアやノってなったわけですよね。ケニー・シャーフなどの名前があがってきたんですよね。もっと前でいけばコンバス。そういう意味で落書きは素晴らしい。ところが、その影響をすでに受けてきた君たち。ノートや教科書の隅に描いてきた。ぼく達の時代なんかは教科書の端っこなんかに描くと、よく先生に怒られたもんですよ。おばさん先生なんかが来て「ダメよっ!」って手をピンッ!て叩かれたりさ。で「はい」って一回止めるんだけど、先生が向こう行ったらノートの裏に描いたりして。「これ大事だー。」と思ったら色塗ったりして。

街角のグラフィティ(パリ/ 1984年)

──写真のおじさんにヒゲ描いたりとか。
 そうそう。ぼく達の時代の教科書に載ってた写真は白黒のイラストレーションだったんですよ。それを自分で「ん〜、これをもっとかっこ良くしなきゃいけない」とか「もっと色をきれいに塗らなきゃいけない」とかして。で、みんなが見たら「えっ、きれいだねえ!」て感動させてさあ、すごく嬉しくなって。それでコミュニケーションができたりねえ。そこにまた脇に付け足して一つのストムリーをつくったりしてみんなで喜んだりしていたわけですよね。ノートを誰のよりも美しいテキストにしなければいけないってさ、きれいに色塗ったりして。で、英語の女先生にウケを狙って見せたりして。

──先生は学生時代誰よりも落書きを描いていたんですか?
 当たり前じゃないですかあ〜!それは。小学校のとき、ぼくなんか二つ下敷きを持っていったんですけど、一枚は大好きな手塚治虫のマーブルチョコレートのシールを貼っておいてね。でもそのころは、それを今の消費社会の人が見たら何ともないけど、当時はすごい出来事だったんです。なぜかというと、マーブルチョコレートの中にはシールが一枚しか入ってないんですよ。その一枚一枚を見たら何個のマーブルチョコレートを買ったのか。それを近くのお菓子屋さんに行って買ってくるんですよ。で、すぐ欲しいんですよ。裏表貼って、誰よりも自慢できるからって学校にいつも持っていって。それでいつもですね、もう一つ普通 の下敷きを持っていって。で、それを見ると何かこう、幸せな気分になってさ。授業もそれで過ごせるから、持っていかなきゃいけないんですね。で、いつも授業ついていけなくなると他にやることと言えば先生の似顔絵の落書きしてさ、動物や野菜に置き換えてみたりさ。だからその授業は先生の落書きを書く為に行ってたようなもんなんですよ。和田誠さんは一週間の時間割のとこに全員の先生たちの似顔絵を描いたりさ。でも多摩美の学生たちはそういうのをもともと持っていて、落書き用につくったノートなんか見るとすごく魅力的で、落書きが大事だってことをみんな知ってるから、そういうようなことになってきたんだねえ。スケッチも大事に描いたりしてて。「私の財産はこれ」ってそのノートをすっと出してね。それは魅力的だよね。ということはそれは落書きではなくて、アイデアスケッチノートになってるんですよね。日記帳なんですね、絵日記なんですね。ぼくもそういう風に考えて絵日記なんかしてますよ。で、日本の漫画を研究している須山計一という人がさ、日本の落書きの始まりは原始絵画だといわれているけど、法隆寺の天井に描いてある落書きがあったんですよ。それは宮大工さんたちが来て、まずは自分の名前がないから名前を書いて。で、落書(らくしょ)といってさ、描く場所がないから昔京都の欄干(てすり)のところが需要で、後ろの柱とかに描いてある。そういうとこに残そうとした。欲望があってもなっくても。それはなんなのかなあ、と思うと、それは自分の送るメッセージだったわけだね。「こんないいことがあったよー」「こんなことがあったよー」という。見てもらえないんだけども、見てもらいたいんですよ。そういうような複雑な気持ちがあってさ。

──やっぱり誰かに言いたいというのが出てるんですかね?
 そうそうそう。いつもそういうのがある。それとは別に、ただ自分の手がオートマティックに動いて描いたものもあるわけですよ。それはね、やっぱり、記号的・文様的なものになっていくんですよ。文様って言うのは、火焔土器とか縄文時代の縄文土器とかね、いろんな文様があるんですよね。あーゆうものとまた二つに意味が分裂していくんですね。でね、みんなが手を動かしてこうやって(と、縦横に三、四本ずつ線を格子状につなげていく)描いてるのは、もう模様だよね。

──一見意味不明な図形ですね。
 ま、意味不明でもさ、模様なんだけど、これもひとつのさ、記号でもあるのね。メッセージのような。分かり易いのではなく意図的なね。だから縄文てね、縄の模様でしょ。いつの間にかその模様は、縄文時代を象徴する模様になったりしてるんだよね。それが記号だったりシンボルだったり。そういうものが大事だっってことをみんなわかり始めてきたわけだよね。

──落書きといっても絵と文字があるんですけど、文字の方がメッセージ性が高いんでしょうか?
 落書きにはもっといっぱい種類があるでしょう。大きく分けて、メッセージのあるものと、模様とさ、文字ですよね。なぐり書きっていってさ、ずーっと(強くペンを行ったり来たりさせて)描いてるのもある、それはその振動が気持ちいいからなんですよ。いつの間にかこうして真っ黒にしている。精神病の人たちは、こういうの納得いくまでやるよね。周りから「もう止めろ」って言われても、本人はずっとやるの。でもそれはすごく魅力的なの。ねっ。で、何度もこうしてると今度は怨念が出てくるんですよ。マチエールも一つの表情だけど、表情が生まれてくる。ひたすらやるの。これ(模様)よりは強烈なメッセージがあるんだよ。だからね、アウトサイダーの人たちが描くものはこういうのが多いの。「止めろ」って言われても「やだ」って。筋肉が振動することに陶酔していくんですよね。貧乏ゆすりに近いかもしれない。
で、その次は人間も猿もゴリラも○(丸)を描いていったんですよ。ところが人間は○の中に点を描いていった。「これは人だ」って。動物学者いわくゴリラはこれが出来なかったらしいんだよね。人間はそこから始まったんですよね。人類の初めの絵から現在の絵まであって、人間が生まれてから死ぬ までもすごく似てるの、絵の成長が。縄文時代のもっと前から人類の描く絵っていうのは進展の仕方がすごく似てる。今描いた人間、ここからメッセージが生まれてくるの。「これはお父さん、これはお母さん」とかね。それがだんだん言葉になっていく。だから人間のもう一つの言葉なんだよね。小さい頃の娘の落書きをまとめた本をつくったんですよ。人類の始め、人間の始めがあって、その始まりはどういうふうに芸術的に活用されて、どういうふうに成長してきたかってことを自分の中で忘れないようにまとめておくために、その本をつくったんですよ。

──やっぱり○(まる)から描き始めるんですね。
 そうそうそう。人類全員がね。君たちのらくがきをとっておくと、その成長過程がわかるんだけども、親はさ、とっといてくれないもんね。それは幼稚園の絵は入れないことに決めてあるんだけど、幼稚園の絵はさ、先生の意志が入るんですよ「はい、これ描きなさい」「こう描きなさい」ってね。ピュアな人間の成長にはなりえないもんだと。幼稚園の先生達の考える記録に近いもの。ディレクターは幼稚園の先生だなあ、って思っていたんですよ。で、本人が自らの意志でさ、絵を描きたいと思ってコミュニケーションつくったときの絵が重要だなあと思っているんですね。で、一番最初描いたなぐり描きがあって、次に○を描いて、人間を描いて、一番近い家族を描いて、動物園とか身近なものを描いて、その後にだんだん文字を覚え始めて文字と絵とが重ね合って。そこには、その子の幻想が描かれてきて、作り話が生まれてきて、脳が成長していって、それから徐々に幼稚園・小学校に入っていくというプロセスですよ。絵の中に見立てというのが生まれてくる。例えば木の中に4人のお友達がいて、〜ちゃんと木の中で遊んで、その子一人一人の名前が書いてあって、こういう風に一日を遊んで、楽しかったんだよー、ということを描いて。そういうプロセスがさ、人間にとって一番大事なコミュニケーションの方法なんですね。言葉と同じように。そこで文字が書いてあるのは、文字を書きながら文章を覚えていく。それは分けることで絵の中にもう一つの空間があるんだということの概念が生まれてきてる。言葉とイラストレーションの関係が出来ていくんですね。そういうのは全員がやり始めることなんですよ。そうして脳の成長が出来ていくということなんですね。こういう絵が面 白いんだということを、近代美術の人たちがとりあげていくんですよ、レジェだとかさ。で、ぼくが影響を受けたのがゲラロフ・シュタイナー、『線画の世界』の作家が「人が持つもう一つの言葉」と言っていること。この本教材に使おうと思って。そういう人たちの歴史があってグラフィティのアーティストたちが生まれてくるんですよ。原始的なコミュニケーションのねえ。人類の始まりも同じようにしていくんだよねえ。もうちょっと、みんなとは違うプロセスを踏むんだろうけども、ま、本当に類似した形を生むんだなあということですよ。で、人間て難しい一点透視図とか描けないからさ、全部平面 的なものから始まっていくんですよ。そこに斜め35。とか45。とかパースが生まれてきて、回転したりしていくわけ。みんなも描けないんだよねえ。中島祥文先生がさ、「みんなラフスケッチが描けないんだよー」って言うんですよ。「だってそれはさ、描けないです。みんな見て描こうとするから」それはみんな落書きじゃなくって略画を研究すれば良いんですよ。言葉を組み立てるように絵を組み立てていく。「家ってどう描くの?」「まず箱があって、屋根があって、玄関があって・・・」てね。でこれは結構、知能が要るんですよ。知識があれば見なくても描けるんですよ。それで落書きはどんどん発達していって、コミュニケーションができるようになる。落書きは自由だなんて言うけど、自由じゃないからね。

──実際出来上がる絵は、そんなに自由ではない?
 そうですよ。





──落書きは犯罪だと先ほどおっしゃいましたが。  
  落書きって厳しいところは犯罪なんですよ。犯罪法のルールに反している。汚すからしてはいけないと。じゃあ、汚すって一体何なのかと。車だって道路汚してるじゃないかと。あれも犯罪だと。ゴミ捨てるのもおしっこするのも犯罪。難しいんですよ。ぼくが落書きのことを考えてたときには、ただロマンチックに考えていかないで、もう少し、法律や倫理の側面 からとか、様々な側面から考えられるよね。

──犯罪だと知りながらやる人もいますよね。  
  知能犯の人いるね。でもそれも、何かコミュニケーションする目的があるわけじゃなくてさ、犯罪をクリアする為にっていう、別 の快楽があってやる子たちもいるから。ぼくたちはそういうの許さないよね。「造形的によくない!」って。「現代美術的にもダメだ!」とかってさ。

──先生が海外に行かれてグラフィティ、壁などの落書きなどを授業の中でレクチャーされていましたが、やはり日本の落書きとは違いますか?  
  あー、そうね。違うと思いますね。日本よりもレベルが高いものもありますし。日本のグラフィティはさ、落書きのものでレベルの高いものといえば、野外広告でビルボードみたいな形で絵を描いたりするのが、シャッターに描いたりするのがあるでしょう。そういうのはさ、落書きではないよね。意図的にやっているから。落書きというのはもともと、そうでないところに意味があって。

──落書きとアートの境目や、落書きとイラストレーションの境目などがありますが、そこは面 白くありつつも難しいなと思うんですが。  
  いや、それはぼくもそう思うよ。うん。でもさ、落書きがアートになったのはさ、落書きという領域があって、アートという領域があって。その二つが重なった部分がさ、実はアートなのかグラフィティなのか、その重なった部分は何なのか、ということだよね。

──ちゃんと描いても落書きに見える場合もありますよね?  
  そうそうそう。もうすっごいリアルに描いてあるのも落書きだよねえ?「ぼくはリアルにやるんだあ!」って言っても。

──それは落書きなんでしょうか。
 だから落書きの規定をどうするのかだねえ。例えば「落書きというのは、一つ目は、誰にも見られないんだけど描いちゃいけないところに描く絵。次にはそうではなくて、壁に描いてあるのも広領域に考えれば落書きと言われる可能性もある。それが今度はアートに行った場合はさ、アートの中に活躍する落書きというものがあると。しかし落書きのスタートはこうなんだと、それが発展した形とかって、幾つか分類してみてね、考えてみると良いと思うんだよね。で、ぼくたちは落書きのことを「らくがき」というけれども、「らくしょ」という読み方もあって、つまり「落ちて書く」っていうことはどういうことに元々意味があったのかなあとかも調べ上げていって。で現代にはそれが発達していって子供の絵も落書きと言えるんだと、いう風に規定することもできるよね。美術館に並んだ絵は落書きとはいわないかもしれない。「ピカソの絵は落書きなのか?」とかね。どのあたりから誰が影響を与えたのかとか。どこから見るかってことも大事だね。で、ぼくがこれ(グラフィティイラストレーション展)選んだものはさ、ここにあるものは落書きなのか落書きでないのか、問題があると思っているんですよ。しかしぼくはイラストレーションの中に落書き的要素がどのように使われてきたかということに興味があるので、落書き的要素を選んだ。例えば漫画的・キャラクター的要素、原始絵画要素、描き込まない、途中で終わったような要素、アメリカのコミックを使って描いているようなもの、壁に丁寧に文字が書いてある絵だって落書きと呼ばれる可能性もあると。でそういうことを考えていくと、ノートの端っこに描いた絵も落書きと言う。これら全部を取り上げてみようと、いうことで取り上げただけなんですよ。わからないから。しかし見ている位 置はイラストレーションで、ヴィジュアルコミュニケーションする絵という位 置づけで、何をコミュニケーションするかということを問われる。ぼくはイラストレーションについて大学生のときから研究していて、論文・レポート書いたりしてたんですけど、ユーモアと風刺のイラストレーションの研究をね。どんどん研究してどんどん分からなくなって、さらにどんどん研究して、いつまでもわからなくて、で自分でイラストレーション描き始めてポスターつくったりして、でもわからなくて。それでいつの間にか52歳になったんですけど、52年間考えてもちっとも解決できてない。やってもやってもわからないんだけど、どんな人よりも分かってしまった。それでいつの間にか審査200回も頼まれたり、講演料もらえたり。知るってすごいことだなあ、とつくづく思ったりね。ぼくはなぜ線に興味を持ったかというとさ、線を一本A点からB点まで引きましたと。たかが一本の線だけれども、ここに生命が宿るということがさ、ぼくは魅力を感じるわけですよ。それが複雑に調子をつけなくっても、人間の形をしたシルエットがさ、人間らしくなってくわけ。この一本の線が魅力的か魅力的でないかというのをぼくはすごく大事に考えてるわけ。これが、オリジナリティがないと、やはり一本の線で評価は得られないし、生活も出来なくなってくるよね。良い線を引きたいなっていつも思ってる。誰のも真似なくて、生命力のある線を引きたいと。魅力のある線を引きたいんだと、いう風にぼくはいつも思ってるんですよ。で、そういうときにいろんな線を引いて。やっぱりぼくは書道でいえば会津八一の線が、太くて、「良い線だなあ」とぼくの心にぐっとくるわけ。線がコミュニケーションする。ある先生がね、ぼくの線を「運河のような線だ」っていうんですよ。「良い引用だなあ」と思って喜んだりして。それは何故かっていうと、運河っていうのは淀みなく流れるから。ぼくは抑揚のある線はあんまり好きじゃないんですよ。だからといって、こうセメントで固めたようなさ、ロットリングやらコンピューターの真っ直ぐな線はぼくはあんまり好きじゃないんですよ。それは何故かっていうと人間の息吹が感じられないから。一本調子なんだけれども、でも生命の息吹が感じられるような勢いのある線は魅力的だなあって。そこが大事だと思ってるから、「どうしてこの人はこういう線を引いたのだろう?」と研究して、「どうしたらこういう線が描けるんだろう?」って考えてて。で道具も重要だから自分でつくりあげたりして、自分で使う道具を考えるんですよね。それ大事だと思うんですよ。で和田誠の描くロットリングの線はさ、もう見た途端に「あー和田誠だ」とかさ、「あー安西水丸だー。ぼくは安西水丸や和田誠のまねになるのは嫌だー」ってなるしねえ。割り箸を削った先にインクをつけて線を引くとさ、馬場のぼるさんの絵になっちゃうしさ。フェルトのマジックみたいな線は、汚らしいんだけど素敵な、湯村輝彦の線になっちゃうしさ。「ぼくはぼくの線を引かなきゃあ」とかね。そう思ったんです。

──匿名性というのは落書きの需要なポイントなのかなと思うんですけど、名前が出た途端に落書きではなくなるのでしょうか?  
落書きという一点に絞っていくとね、非常に限定してくると思うんだ。もうどんどんキュウーッとしてきてさ。匿名性ということをよんだら、匿名性ではないものは全部排除されるわけでしょ?そうするともう、本当に少なくなるよね。ぐんと少なくなってって。ノうん、そうだね、そうしたら匿名性が重要だって言って。1968年にフランスの五月革命というのがあってさ、政治に反対する為のメッセージをポスターにして送ったんですよ。それは匿名性で、誰が描いたかわからないように。シルクスクリーンで一色でバッと刷ってさ、壁に貼ってったの。それは落書きなのか落書きでないのかということになってくね、匿名性だとね。匿名性ということで絞ったときには、匿名性だけど意志があるものものも、かなり多くあるということだよね。

──今回わたしたちはらくがきを「コミュニケーション・ツール」としてとらえ、その種類を図にしてみたのですが。 コミュニケーションの形でしょ?グラフィティには第1次、第2次、第3次、第4次があるとぼくは思うんですよ。で、第1次のものが「描きたい」という欲望。第2次は、「少しの人に描きたい」。第3次が、「もっと知りたい」。第4次がマスメディアに向けていく。そこからアーティストやイラストレーターたちが表現としてとっていった気がするなあ、と。

──あと、らくがきの目的は何があるか出してみたんです。コミュニケーション、発散、マーキング、記録というところかなあと。  うん、その通りよ。発散が結構重要なんだよね。表現のねえ、一番最初の重要な基本部分は発散ですからね。自分がなぜ表現したいのかと。それは『言わずにはいられない言葉』『自分の中に止めておいてはいられない言葉』ですね。それにカタルシスがあるんだということ。快感があるということ。出すことによって。この二局が大事。

──その発散は、出すことだけに快感があって、人に見られなくてもいいということなのでしょうか?  
  もう他人なんてどうでもいいの。『自分の中に抑えきれない!言わなきゃ!』なんていうゴシップもそうでしょ。伝えたいがために事実をデフォルメしたりさ。それが徐々に文学に変わっていったり、あるときは美術に変わっていったり、あるときは身体表現になっていったりしてく。「こんなすごいことがあったんだよ」ということを伝えていく。でも伝えるときには気分がいいんですよ。もう放出するから。抑えられない気持ち、これがないとダメなんですよ。

──人に伝わったときがきもちいい?  
  そういうのもあるけど違うんですよ。まず『人に言った』ということが気持ちいいんですよ。カウンセリングだってそうでしょ。今の地震でも、みんなケアしてる人たちは、何があったの?って聞いて、始めは何も言わず黙ってるんだけど、あるときは堰を切ったようにしゃべりまくる。言うと、心のわだかまりがパーッと消えたりさ。

──それを描くことに置き換えると、描くことに気持ち良さを感じるんですね。  
  そう、表現したことが気持ちいい。そこにカタルシスがある。歌を歌う人は歌うことに、踊る人は踊ることに。相手にコミュニケーションできたことではないんですよ。もっと原始的なもの。そこが大事なの。そこで我々が表現者を理解しないと問題が起きるわけですよ。

──もっとも原始的な根っこの部分は発散で、そこから派生したものがコミュニケーションなんですか?  
  あ、良いこと言うね。レベルアップするとさ、人に伝えたいというすごい欲望があるんですよ。一番最初にね。『言いたい言いたい』っていう。表現したい欲望があるの。そして欲望を吐き出すと、すごい快感が待ってるということなんですよ。その次にコミュニケーションが生まれるわけですよ。それから、こどもたちが絵をかくでしょ、絵で描いてると遅いから言葉で言い始める。言葉でもしゃべるんだけど言葉も幼稚だから、手でも表現してるわけ。使えるもの全部使うの。でもそれでも伝わらないってなると今度は歌でも歌わないとしょうがないって歌い始める。『伝えたい』んですよ。コミュニケーションて双方向のものだと思うでしょ?一方方向なんです、始めは。よく双方向の〜なんて言ってるけどさ、インターネットなんて一方通 行だもんねえ。たまたまどれかが心に響いたら答えをダーッと出すだけでさ。手紙だとさ、これは一方方向で出すんだと決めれば良いんだけどさ、「返ってくる」と思ってるからみんなトラブルが起きるんだよ。「送ったのに返ってこない」なんて、「送ったあなたが見返りがあると思い込んでるからイライラするんでしょう」っていうこと。本当はしゃべりたいんでしょう?だったらがんがん送れば良いんですよ。そうすればねえ、喧嘩にならないよ。見返りを期待するからね、喧嘩になるんですよ。

──意識して意図的にかくものと、無意識に記号的にかくものがありますよね?でもこの記号とかにも実は意識はあってメッセージ性はあるんでしょうか?  
  そうなんですよ、それがね、図像と文様の境なんですよ。これはすごく重要なの。両方ともすごく大事なの。で文様が、テキスタイルとか繰り返しになっていく。ところが図像の方は繰り返しがない。ま、それはまた後で。奥深い問題になるからさ。どうせやるなら、いっぱいある中から一つに絞ってやった方がいいかもしれないね。人間はあらゆるものにメッセージがあると思ってしまうよね。ぼくは質感にすらメッセージ性があると思っているんですけど、メッセージの違いなんだなあ、というふうに思っていて、『メッセージはどういうものか』っていうね。

──メッセージがないものはないんですかね?  
  ないんですよ。

──何かしらやっぱりあるんですね。  
  あるんですよ。目にするものはみんなメッセージだと思って。でもそれは言葉にならないメッセージっていっぱいあるんです。音もそうだもんねえ。ある有名な人がいっているんですけど、「階段をあがる足音『カツンカツンカツン』という音でさえ、これが誰の足音かがわかって、その足音で心が揺れる」というんですよ。それが音の喜びだっていうんだよ。『絵画は沈黙の声だ』なんてグッとくるよねえ。過去天才たちがいっぱい言っててさ、覚えきれないくらい良いことを言ってるんだけど。「らくがきは沈黙の声」ノなのかなあ?いや「もう一つの言葉」の方がいいよねえ。「人間のもう一つのことば」と、ぼくは言ってます。「沈黙の声」なんて格好良すぎるよね。


[Turner Award and Acryl Award came the 15th anniversary in this time.
The page of the successive grand prize work was installed.
Takashi Akiyama is putting the comment as a judge this year.
[
ターナーアウォード、アクリルアウォードは今回で15周年を迎えました。
歴代大賞作品のページを設けました。 今年も審査員として、コメントを載せています。
]

Catalog,Acryl Award 2004,

Turner Color Works LTD,28,jan.2005 issue,Design:Takashi Akiyama

「アクリルアウォード2004入賞、入選作品集」のデザインをしました。
ターナー色彩株式会社・2005年1月28日発行・デザイン:秋山孝 (update 050207 kon)

【ターナー色彩株式会社ホームページ】  http://www.turner.co.jp/

1998 Catalog
Illust: Takashi Akiyama
1999 Catalog
Illust: Hiroshi Honma
2000 Catalog
Illust: Taichiro Kawanishi
Acryl Award 2004
2004 Catalog
Illustration:Akitakai Ito
2001 Catalog
Illust: Toru Teranishi
2002 Catalog
Illust: Daisuke Tamano
Acryl Award 2003 Catalog
Illustration:Sanjuro Imai


2004作品集P16-17 歴代大賞のページ

ごあいさつ
ジャンルや概念にとらわれない、あらゆるアートの発表の場として1990年にスタートしました、<ACRYL AWARD>は皆さまの大きなお力添えをいただきまして、今年で15回目という節目の年を迎えました。
長年にわたるご協力、ご支援誠にありがとうございます。今年も、全国のさまざまな地域、さまざまなキャリアの皆さまから、1,300点を超える作品が集まりました。その何れもが、アクリル絵具の限りない可能性と、すぐれた表現力を生かした、パワー溢れる力作ばかりです。多数のご応募をいただき、誠にありがとうございました。
5名の審査員による厳正な審査の結果、今年度は「一般の部」17名、17点、「学生の部」17名、23点の、計34名、40点が映えある栄誉を獲得されました。おめでとうございました。
時代を鋭く切りとった作品。問題を提議し、深く考えさせる作品。徹底的に自己を追求した作品。独自の発想が審査員をうならせた作品。温かなユーモアと漂うペーソスが魅力的な作品。そんな作者達の“熱き情熱”をぜひご高覧ください。
最後になりましたが、ご協力、ご支援をいただきました皆さまに、厚くお礼申しあげます。
ターナー色彩株式会社


審査員のことば
■秋山孝(イラストレーター・多摩美術大学教授)
今年で15回目を迎え記念すべき年となった。応募総数、一般の部では312点、学生の部では1,002点あり昨年同様、厳しい審査となった。その中で、一般 の部 大賞に輝いた、伊藤彰剛の作品「ナカヨシ」は、F30号キャンバスに、がっちりとジェッソで下地づくりをし、ターナーのアクリル ガッシュで丹念に描き込んだものだ。オーソドックスな描法で表現されゆったりとした安定感のあるものとなっている。審査会ではけっして目立つ作品ではなかったが、時間が経つにつれ魅力的に光彩 を放つものになっていた。
学生の部 大賞に輝いた、秋山花の作品 「時間」、「経験」は、B3サイズ横位 置の小品ではあるが、新鮮な感覚でテーマに即した内容を表現している。描かれているモチーフや、マチエールもほどよくバランスがとれ、気持ちの良いものとなっている。
■今井祝雄(造形作家・成安造形大学教授)
難なく決まる作品と、審査員を(個人的に)惑わす作品がある。どちらが良いというわけではないが、審査する側にとっては後者のほうがスリリングであることは言うまでもない。
両部門の大賞は前者であったろうか。伊藤彰剛(一般の部)のウォークマンを耳にした『ナカヨシ』ウサギや、妙に生活感がただよう、秋山 花(学生の部)の二作は、奇しくも動物に託して、何気ない今日的感情を表しているようである。
また、私の審査員賞とした葛井基文(一般の部)によるケータイ・メールの顔文字 = 記号、清水 晶(学生の部)のドアスコープからの視覚を、ヒューマンタッチで描いた作品を始め、工事現場の光景をネガティブに見せる、川井隆司(一般 の部、美術手帖賞)などは後者かもしれない。他、久松裕子(学生の部、審査員特別 賞)の卵のオブジェ群、原 真吾(一般の部、秋山孝賞)の虚ろな“飛行機雲” を含め、今回は全般に、声高ではないが、個人の日常に沈潜するメンタルなメッセージを表現したものに秀作が見られた。
■前田常作(武蔵野美術大学 前理事長)
今年の応募作品はレベルアップしていると感じた。年を重ねるごとに素晴らしい作品が誕生するのではないかと私は期待して止まない。学生の部 大賞の、秋山 花氏の作品は機智に溢れる作品である。特に黒の色の表現は現代の不安の象徴なのかも知れない。フォルムも単純明快で説得力のある作品で優作である。
学生の部 前田常作賞の兼井麻衣氏の作品はコラージュを細密風に丹念に描写した作品である。何よりも作画を楽しみながら制作している人間味伝わってくる力作である。一般 の部 大賞の、伊藤彰剛氏の作品は、動物をテーマにして情愛を示す、暖かみのある世界で魅力を強く感ずる。一般 の部 ゴールデン賞の、半田元太郎氏の立体の作品は大変な労作で、ユーモラスな世界を感じさせる。丹念で誠実な制作工程が読みとれる作品で秀作である。前田常作賞の、守屋大輔氏の作品はコンピュータ的発想の作品であるが、すべて手描きで手づくりである所が作品の力となっている力作である。
■押金 純士 (美術手帖誌 編集長)
審査を終えてみて、全体的に基本に立ち返った作品が多かった印象を受けた。どれかが飛び抜けて優れていたわけではなく、粒が揃っていて、それぞれの作品をじっくり味わった感じだ。
大賞の伊藤彰剛さん秋山花さんの作品も、テクニックとモチーフが一体になった、安心感のあるものだった。一般 の部、美術手帖賞の川井隆司さんの「AOSA」は、日常的に目にする風景から「引き算」することによって、見る者に爽やかな気持ちにさせてくれるだけでなく、ネガとポジを反転したようなシャープで写 真的な視点が印象的だった。
また、学生の部、美術手帖賞の関口正浩さんの「symptom」は、ユーモラスさをたたえつつ、自然に潜む「兆候」を暗示している。見るものを驚かせたり、問題提起をしてくれる作品も多いに期待するが、今回のコンペは、自信を持って、きちんと伝えようとすることをひたむきに持続していく個人の「強さ」をあらためて感じさせてくれるものだった。
■片桐 淳一 (イラストレーション誌 編集長)
「イラストレーション」誌が主催する、誌上コンペ「ザ・チョイス」には、常連応募者がいて、何回目かの、あるいは何年目かの応募で入選を果 たすというケースが非常に多い。毎回審査に立ち合っていると、彼らが応募を通 じて実力を蓄え、研鑽がなされていくプロセスがよく見えて楽しいものです。
大切なことは、応募を繰り返しながら、自分の立ち位置が見えてくるかどうかです。人の作品を多く見ることによって、自分の作品が客観的に見えてくるというパラドクスが面 白いと思いませんか?そのことを通じて入選への道が開けているようなのです。
宣伝じみたことを書きましたが、これが今回の審査で強く感じたことなのです。自分だけの世界に閉じこもって描いていませんか?一方、ここ数年の原真吾さん(秋山賞)の研鑽ぶりは見事なものです。また、大賞の二人は言うに及ばず、カト哲二さんや、高橋奈緒子さんなど、活躍が期待できる新星のきらめきが見えたのも収穫でした。

 

一般の部大賞

伊藤 彰剛
学生時代から「ユーモア」をテーマに描いてきました。今回、このような大変、素晴らしい賞を頂いたことで今までやってきたことが、間違いではなかったと思っています。これからも、自分のユーモアを大切に描いていきたいと思います。ありがとうございました。


学生の部大賞
秋山 花 
多摩美術大学
頭の中が絵のことでぐるぐるしている毎日がゆっくりと通過していく中、大賞に選ばれるという大事件が突然やってきました。この時、シンプルな生活に飛び込んできた大きな刺激が私の背中をポンと押してくれたような気がします。今回の受賞を宝物として自分の中にそっとしまって再び自分のペースで制作する日々を送っていこうと思います。本当にありがとうございました。

Invitation card ,Acryl Award 2004,
Turner Color Works LTD,Design:Takashi Akiyama

「アクリルアウォード2004」 入選作品展 展覧会案内状

ターナー色彩株式会社・デザイン:秋山孝

Acryl Award 2004、案内状


「アクリルアウォード2004」 入選作品 雑誌広告
ターナー色彩株式会社・デザイン:秋山孝


Acryl Award 2004の入賞者(雑誌広告、スタジオヴォイス)


2005年1月 28日(金)東京、品川区大崎の、O(オー)美術館にて表彰式が行われました。
2月14日(月)には 大阪、北区天満橋のART COURT Galleryにて表彰式、オープニングパーティ が行われます。


東京展:2005.1/29 - 2/2 東京都品川区大崎1-6-2 大崎ニューシティ2号館2階  O(オー)美術館

大阪展:2005.2/14 - 2/26 大阪市北区天満橋1-8-5 OAPアートコート ART COURT Gallery

名古屋展:2005.3/8 - 3/13 名古屋市中区栄2-2-5 電気文化会館


[Takashi Akiyama's Text,Publication Article,the magazine which RIso Kagaku Kogyoa issued.]
[理想科学工業株式会社が発行する雑誌に原稿が掲載されました
]

Publication Article, "Riso Communications,2005-Jan-Feb"

01.Jan.2005 issue (RIso Kagaku Kogyo)

「理想の詩・2005年1・2月号」原稿掲載
発行:2005年1月1日(理想科学工業株式会社)  (update 050127 kawa)
理想の詩・2005年1・2月号 P13

「小さなイラストレーションと大きな壁画・第1回出前アート大学」

(秋山孝 イラストレーター、多摩美術大学教授)

「子どもの造形に最初に驚嘆の眼を見張ったのは近代の画家たちであった。」とレジェが語った。なにしろ子どもの絵は画家にとって魅力的である。なぜならば表現がストレートで大胆だからである。
しかし、ぼくはイラストレーターとして表現をしながら多摩美術大学でイラストレーション学を唱えている。イラストレーションは人間の「もう一つのことば」としてビジュアルコミュニケーションするところをクローズアップし、大学で研究をし、授業を展開している。
コミュニケーションというと一般的には人と人の心が繋がり、お互いに理解しあうことを表している。ぼくのイラストレーションの大切にしているところは、その部分と絵を媒介にビジュアル表現をすることによっての伝達ということになる。
特に子どもたちは絵でコミュニケーションする能力に長けている。その絵はビジュアルコミュニケーションをするためであるので、イラストレーションと言ったほうがいい。相手は母親であったり、家族であったり、友達だったりする。だから子どもたちはイラストレーションをを描くことは自然で、とても楽しい行為なのである。
先日、そば屋さんのようなネーミング、「出前アート大学」を渋谷・本町小学校で行った。子供たちが描いた小さなイラストレーションが、小学校の体育館の大きな外壁を飾るという、小さくて大きな企画であった。「渋谷の自然」というエコロジカルなテーマで子供たちが描いたイラストレーションは、プロセスを経て、デザインという手品によって美しい壁画となった。これは、小学校の授業では実現不可能な、小さくて大きな授業だ。子供たちにここで勉強してもらいたいことは、みんなが描いたイラストレーションが、専門家の力を借りると、自分だけでは想像できないほどの力が発揮され、目を見張るほどの名作が目の前に現れるということである。この「驚き」をポイントとして、「第1回出前アート大学」の授業を試みた。
 その「驚き」とは何か。1.自分が描いたものと全く同じものが、自分の体よりも大きな作品になった。2.専門家という特別 な能力をもった人たちの協力を得ることによって、新たな力が生まれる、ということを知る。3.それを人々に見てもらい、対話が生まれる喜びと驚きを体験する。4.制作には、プロセスがあるということを知る。5.作品は長く残り、多くの人たちに作者の気持ちを伝え続けることが出来る。これら5つの「驚き」である。
 表現の始まりは、さまざまな「驚き」から生まれる。そして、その感動から描かれたイラストレーションには独自なメッセージがあり、見る側の人たちはその気持ちを読み取り、共感を抱く。これがアートの原点で、その原点を表現するために、今回は最先端の中川ケミカルのカッティングシートの技術を駆使して完成した。そして子どもたちはイラストレーションから発するビジュアルコミュニケーションの力を理解したに違いない。



[Twelve Illustration Studies documents were arranged in one]
[
研究書・Illustration Studies の12冊をまとめて合本を制作しました
]

"Illustration Studies Tama Art University 1-12"

15.Jan.2005 issue

合本「Illustration Studies Tama Art University 1-12」が完成しました。
2005年1月15日発行   (update 050121 kawa)

Illustration Studies Tama Art University 1-12

合本Illustration Studies にあたって  秋山 孝 多摩美術大学教授

多摩美術大学イラストレーションスタディーズも1998年からはじめてちょうど7年が過ぎた。20世紀から21世紀にまたがりイラストレーション学の確立のために地道にやってきた。第1号は、「イラストレーションとはなにか」という当たり前の疑問から始まった。当たり前の問いなのだが、今までたいした規定はなく、今回の20世紀の証言としての問いは、その時代で活躍したイラストレーターだけあってみごとな回答であった。フィンランドのポスターの父と呼ばれるタパニ・アルトマは、「イラストレーションは、思想の小川のようなものだ。それはやがて、海になる。」とデザインにおけるイラストレーションの役割とその根源的な表現の源を見つけだしている。このほかの表現者たちも独自な視点に立つ考えを語った。それは、21世紀に向かうイラストレーションの羅針盤のようであった。
この合本は、研究、創作の両輪を表現者が自ら実行する難問をこなしているが、来たる時代の理想として考えている。イラストレーションはもう一つの美術のような位 置付けではあるが、サブカルチャー的な魅力も兼ね備えている。いかにも多摩美術大学から生まれたユニークな学問であるように思える。
また、研究書としての役割、学生作品のアーカイブ、ファカルティディベロップメントとしての役割をみることができる。それもこの研究のスタイルとして大切にしている。イラストレーションが社会にどのような役割りをしているか、また貢献しているかについても大切にしている。さらに表現者としての魅力をも見つけだしたい。それは、ひとえに新たなメディアで活躍する視覚芸術としての価値づけをしなければならない。
第1回めの合本として、1号から12号までまとめてみた。今後このイラストレーションスタディースが継続し学問として、未来の表現者と研究者に貢献することを願うのである。
(2004.11.10)

Illustration Studies Tama Art University 1-12 総目次

第1巻 Illustration Studies・共同研究報告書・1999年3月30日発行

イラストレーション学の確立 / 秋山 孝 1--2
インタビュー「イラストレーションとは何か」 / 秋山 孝
タパニ・アルトマ 1--4
カリ・ピッポ  1--5
フィン・ニュゴー 1--6 
アラン・ル・ケルネ 1--7
ニクラウス・トロクスラー 1--8
メルク・インボーデン 1--9
フランチェスク・スタロヴェイスキ 1--10
ヴァルデマル・シュヴェイジ 1--11
レフ・マエフスキ 1--12
ヴィエスワフ・ロソハ 1--13
フランコ・バラン 1--14
ラニー・ソマーズ 1--15
U.G.サトー 1--16
日本のイラストレーションについて/ 大迫 修三 1--17
イラストレーションとは何か / 松浦 昇 1--18
イラストレーション学の確立 / 秋山 孝 1--19
奥付け 1--23
第2巻 llustration Studies -2・研究書・2000年7月1日発行

まえがき / 秋山 孝 2-- 3
世界のイラストレーション / 秋山 孝 2-- 4
世界イラストレーター年表 / 秋山 孝 2-- 6
合同ゼミ(東京工芸大学・多摩美術大学 ) / 秋山 孝 2--10
特別講義 「イラストレーション学の確立」と座談会/ 若尾真一郎 / 秋山孝 /
藤掛正邦 2--11
グラフィックデザイン学原論講義レジュメ / 秋山 孝 2--18
多摩美術大学のイラストレーターを中心とした流れ / 秋山 孝 2--20
プリミティブ・イラストレーション / 末房志野 2--24
イラストレーションにおける 技術、材料 年表 / 末房志野 2--29
制作作品、作家 年表 / 末房志野 2--31
イラストレーションプロジェクト活動記録 2--34
奥付け 2--35

第3巻 llustration Studies -3・作品集 ・2001年4月10日発行

Illustration Studies-3 について / 秋山 孝 3--3
2000年度 コンセプチュアル・イラストレーションクラス3年生
Dictionary of visual Language A to Z 3--4
2000年度 表現デザインクラス3年生
Message Illustration Poster 3--13
LIST(コンセプチュアル・イラストレーションクラス3年生、
表現デザインクラス3年生) 3--18
Illustration Studies を中心とした記録、 奥付け 3--19
第4巻 llustration Studies -4 ・ 研究書・2000年7月1日発行

まえがき / 秋山 孝 4--3
インタビュー「イラストレーションとは何か」 / 秋山 孝  
シーモア・クワスト 4--4
カレル・ミュゼック 4--05
ピオトロ・ムドゼニエッツ 4--06
フィリップ・ワイズベッカー 4--07
広告におけるユーモアイラストレーション表現の力 / 秋山 孝 4--08
久里洋二のイラストレーション表現 / 秋山 孝 4--11
プリミティブな表現について / 末房志野 4--13
世界のポスタービエンナーレについて / 甲賀正彦 4--17
多摩美術大学 生涯学習プログラム「新しいイラストレーション入門」
イラストレーションとは何か / 秋山 孝 4--21
基礎デッサンについて / 秋山 孝 4--22
リアルイラストレーションについて / 末房志野 4--24
細密描写制作プロセス / 秋山 孝 4--25
シルクスクリーンによるポスター / 秋山 孝 4--26
シルクスクリーンによるイラストレーション / 秋山 孝 4--28
フランスを中心としたイラストレーター年表 / 秋山 孝 4--30
ポーランド グラフィックデザイナー年表 / 秋山 孝 4--32
著者紹介、奥付け 4--35

第5巻 Desssin (llustration Studies -5) ・ テキスト・参考作品
2002年4月10日発行


年間課題表1年、2年、指導スタッフ 5--2
はじめに / 秋山 孝 5--3
基礎デッサンについて / 秋山 孝 5--4
基礎デッサン課題年表 5--6
基礎造形 I (1年)前期課題 1-01 〜 1-13 5--7
後期描写技法研究 1-14 〜 1-18 5--20
基礎デザイン I (2年)前期課題 2-01 〜 2-13 5--25
後期表現様式研究 2-14 〜 2-18 5--38
参考文献、奥付け 5--43
第6巻 llustration Studies -6・作品集 ・2002年4月10日発行

イラストレーションクラス 3年生顔写真、表現デザインクラス 3年生名簿 6--2
Illustration Studies-6 について / 秋山 孝 6--3
2001年度 コンセプチュアル・イラストレーションクラス 3年生
Dictionary of visual Language A to Z 6--4
2001年度 立体イラストレーションクラス 3年生
Robot 6--12
2001年度 表現デザインクラス 3年生
Message Illustration Poster 6--14
出版物 1977〜2001、POTER 1977〜2001 6--18
Illustration Studies を中心とした記録、奥付け 6--19

第7巻 llustration Studies -7・研究書・2003年1月10日発行

まえがき / 秋山 孝 7--3
秋山孝の立体イラストレーション考 / 秋山 孝 7--4
ワイヤー造形によるビジュアルコミュニケーションの研究と表現 / 藤掛正邦 7--8
看板・ファサードにみるイラストレーション観 / 官能右泰 7--12
立体イラストレーションについて / 甲賀正彦 7--15
アニメーションの動きの考察 / 大河原一樹 7--18
プリミティブイラストレーション / 末房志野 7--21
インタラクティブ・イラストレーション / 宮 潤子 7--25
らくがきの魅力 / 大塚 藍 7--28
多摩美術大学 生涯学習プログラム
「イラストレーション ― 世界でたった1册の本」 / 末房志野 7--31
多摩美術大学 生涯学習プログラム
「シルクスクリーン・イラストレーション」 / 近藤憲昭 7--33
著者紹介、奥付け  7--35
第8巻 llustration Studies -8・作品集 ・2003年4月1日発行

イラストレーション AIクラス3年生、秋山孝、藤掛正邦 顔写真 8--2
Illustration Studies-8 について / 秋山 孝 8--3
2002年度 コンセプチュアル・イラストレーションクラス3年生
Dictionary of visual Language A to Z 8--4
2002年度 立体イラストレーションクラス 3年生
Robot 8--13
2002年度 表現デザインクラス3年生
Message Illustration Poster 8--16
表現デザインクラス3年生名簿 8--21
大学院美術研究科デザイン専攻 グラフィックデザイン領域 
表現デザイン・イラストレーション
昆虫とパッケージデザインの関係 / 井上 晋輔 8--22
幸せのデザイン / 山田 かおり 8--22
Illustration Studies を中心とした記録、Posters、奥付け 8--23

第9巻 Desssin (llustration Studies -9) ・ テキスト・参考作品
2002年4月10日発行


Dessin・課題スケジュール1年、2年 9--2
はじめに / 秋山 孝 9--3
基礎デッサンについて / 秋山 孝 9--4
基礎デッサン課題年表 9--6
基礎造形 I (1年)前期課題 1-01 〜 1-13 9--7
後期描写技法研究 1-14 〜 1-18 9--20
基礎デザイン I (2年)前期課題 2-01 〜 2-13 9--25
後期表現様式研究 2-14 〜 2-18 9--38
指導教員、奥付け 9--43
第10巻 llustration Studies -10・研究書・2004年3月7日発行

まえがき・llustration Studies 10 発行にあたって / 秋山 孝 10--3
Preface・About Illustration Studies -10 / AKIYAMA Takashi
中国のイラストレーションポスター / 呉 藝華 10--4
Chinese Illustration Poster / WU Yihua
参考資料 - 1 中華人民共和国 建国 年表 10--7
Data - 1 参考資料 - 2 中華人民共和国 文化大革命 年表 10--8
Data - 2 イギリスのイラストレーション / 秋山 孝 10--10
English illustration( to begin from the message of the satire) / AKIYAMA Takashi
参考資料 イギリスのイラストレーター 10--15
Data - English Illustrators イギリスのイラストレーター年表 / 秋山 孝 10--18
Chronological table of English illustratiors history / AKIYAMA Takashi
立体メディアのイラストレーション / 甲賀正彦 10--20       
Consideration about illustration in the three-dimensional media / KOGA Masahiko
情景とイラストレーション 〜 世界の洞窟壁画や岩壁画から / 末房志野 10--23
Scene and Illustration  ̄ cave art and rock art in the world / SUEFUSA Shino
御法川哲郎のシュールレアリスムイラストレーションについて/ 御法川哲郎 10--27
Tetsuro Minorikawa`s surrealism illustration / MINORIKAWA Tetsuro
BUS広告に観るイラストレーション / 官能右泰 10--29
Advertising illustration for wrapping bus / KANNOU Sukeyasu
イラストレーション集グレートキャラクターについて / 秋山 孝 10--30
About The Great Characters / AKIYAMA Takashi
多摩美術大学生涯学習講座 Tama Art University lifelong learning program 
「イラストレーション事始め・一枚だけのポスター」 / 末房志野 10--31
"The ABC of Illustration・ my poster" / SUEFUSA Shino
「続・事始めイラストレーション事始め・カレンダーのイラストレーション」
/ 末房志野 10--32
"The ABC of Illustration・ Illustration in calendar" / SUEFUSA Shino
日本デザイン学会50周年記念大会「生きのこるデザイン教育」/ 秋山 孝 10--33
Japanese Society for the Science of Design
活動記録 10--34
History・Illustration Studies Project
Profiles著者紹介・奥つけ 10--35

第11巻 llustration Studies -11・作品集 ・2004年4月1日発行

表現デザイン3年生、秋山孝、藤掛正邦、御法川哲郎 顔写真 11--2
Illustration Studies-11 について / 秋山 孝 11--4
2003年度 コンセプチュアル・イラストレーションクラス3年生
Dictionary of visual Language A to Z 11--5
2003年度 立体イラストレーションクラス 3年生 Robot 11--19
2003年度 表現デザインクラス3年生
Message Illustration Poster 11--23
大学院美術研究科 博士前期(修士)課程 デザイン専攻 グラフィックデザイン領域・
イラストレーション学 研究 1 年生
漫狂庵〜宿谷卓司妖怪絵図〜 / 宿谷 卓司 11--30
文学イラストレーション / 當麻 ゆき子 11--30
文字を扱ったイラストレーション(表意文字イラストレーション)/ 高橋 庸平 11--31
イラストレーション スタディーズ・スチューデント会議 2003
「なぜ、イラストレーションを描くのか!?」(オープンキャンパス) 11--31
シュールレアリスムイラストレーション展 11--32
学生作品交流展・上海応用技術学院・多摩美術大学 11--34
Illustration Studies Posters1997-2003、奥付け 11--35
第12巻 Desssin (llustration Studies -12) ・ テキスト・参考作品
2004年4月1日発行


Dessin・課題スケジュール1年、2年 12--2
はじめに / 秋山 孝 12--3
基礎デッサンについて / 秋山 孝 12--4
基礎デッサン課題年表 12--6
基礎造形 I (1年)前期課題 1-01 〜 1-13 12--7
後期描写技法研究 1-14 〜 1-18 12--20
基礎デザイン I (2年)前期課題 2-01 〜 2-13 12--25
後期表現様式研究 2-14 〜 2-18 12--38
指導教員、引用図版、奥付け 12--43


[Takashi Akiyama participated in the Creation Gallery G8 exhibition]
[Creation Gallery G8 の展覧会に参加しました
]

Exhibition,"Jeans Shop Ginza"

11.Jan-04.Feb.2005 (GInza,Creation Gallery G8)
Opening Reception: 14.Jan,pm7:00-

「Jeans Shop Ginza 展」参加
2005年1月11日〜2月4日(銀座・クリエイションギャラリーG8)
1月14日(金)19:00よりオープニングレセプション   (update 050120 kawa)

[ブルージーンズ]

ジーンズはブルージーンズに限る。サンタフェで出会った老人の渋いジーンズ姿はイカシていた。
あまりにも自然で美しかった。ぼくの好きな蜘蛛の糸の自然な構造のように魅力的であった。


  
Jeans Design:Takashi Akiyama


[The book cover of visual trivia was illustrated]
[PHP研究所、雑学3分間ヴィジュアル図解シリーズの表紙イラストレーション
]

Book cover , Illustration
Illustration : Takashi Akiyama, Nov.2004 - Feb.2005 (PHP)

「雑学3分間ビジュアル図解シリーズ」表紙イラストレーション 
イラストレーション:秋山孝(PHP研究所 発行)
「人体」:2004年11月10日発行・ 「日本史世界史並列年表」:2004年11月29日発行 ・
「哲学」:2005年1月12日発行 ・「単位」:2005年2月9日発行    (update 050119 kon)



     
「人体」/Human body
「日本史世界史並列年表」
Chronological Table
「哲学」/Philosophy
「単位」/System of Units



Niigata Chuetsu Earthquake Poster Design Support Project,Start,Tama Art University

多摩美術大学にて「新潟県中越地震ポスターデザイン支援プロジェクト」を立ち上げる  (update 050107 kaw)

2004年10月23日17時56分ごろ、新潟県中越地方を震源とする震度6強の新潟県中越地震が発生した。
「新潟県中越地震ポスターデザイン支援プロジェクト」 は、 災害支援においてデザイナーのできることは何かということから、
ポスターの力を使い災害を忘れず記録することを目的にスタートした。
結果、徐々にポスター作品が集ってきた。2004年12月3日に多摩美術大学の講評会で、支援ポスターの発表を行なった。それは学生たちの自主的なものであり、イラストレーションポスターで各自のメッセージを表現したものとなった。この活動は諦めずに長期的に展開をしていこうと計画している。
イラストレーションは、心に描かれた作者のことばにできないメッセージのビジュアルコミュニケーションである。この記録は、客観的なことばやドキュメント写 真とは異なり、イラストレーションにしかできない内面的なイメージ表現である。だからこそ主観的な趣があり、それが魅力となっている。
学生作品の、写真左の作品は、積み木が崩れるように表現されているし、中央の作品は、大地が崩れ落ちるような恐怖感を感じ、右作品は、切り絵の手法を使い人が助けを求めているビジュアルとなっている。


     
「新潟県中越地震ポスターデザイン
支援プロジェクト」学生作品
講評会風景


[From the newspaper "My Skip" issued in Nagaoka City.(Akiyama Nagaoka Collection)]
[長岡市で発行されている新聞「マイスキップ」連載「秋山長岡コレクション」より]


●My Skip vol.49 2005年02月号

「Tokyo Image Panic 1995 (Earthquake) 」ポスター
1995年 1030x728 mm Serigraphy Social Poster   (update 050106 kaw)

 
   
「新潟県中越地震ポスターデザイン
支援プロジェクト」学生作品
講評会風景

前回の号に多摩美術大学で「新潟県中越地震ポスターデザイン支援プロジェクト」立ち上げたということを書いた。それは、災害支援においてデザイナーのできることは何かということから、ポスターの力を使い災害を忘れず記録することを目的にスタートした。結果 、徐々にポスター作品が集ってきた。2004年12月3日に多摩美術大学の講評会で、支援ポスターの発表を行なった。それは学生たちの自主的なものであり、イラストレーションポスターで各自のメッセージを表現したものとなった。この活動は諦めずに長期的に展開をしていこうと計画している。
イラストレーションは、心に描かれた作者のことばにできないメッセージのビジュアルコミュニケーションである。この記録は、客観的なことばやドキュメント写 真とは異なり、イラストレーションにしかできない内面的なイメージ表現である。だからこそ主観的な趣があり、それが魅力となっている。
学生作品の、写真左の作品は、積み木が崩れるように表現されているし、中央の作品は、大地が崩れ落ちるような恐怖感を感じ、右作品は、切り絵の手法を使い人が助けを求めているビジュアルとなっている。
今回の紹介するポスター作品は、1995年1月17日午前5時46分、淡路島北端を震源とし、M7.2の大きな地震、阪神大震災を記録したイラストレーションポスターである。地震を象徴するナマズをユーモラスに使い、家屋やビルが激しく揺れている状態を描いた。そしてその周辺に東京では情報による精神的パニックが起きた。その記録でもある。つまり災害時の情報からくる心の混乱を描いている。今から思えばこのポスター作品でぼくたちはその気持ちを思い起こし、忘れられない重要な記録としての価値がある。



[It participated in the exhibition of Tokyo Illustrators Society.]
[Tokyo Illustrators Societyの展覧会に参加しました]


"TIS Sports Illustration" Exhibition

02.Jan-01.Feb.2005 (Nagano,Cultural Center)
Tokyo Illustrators Society (TIS)

「原っぱからアテネまで・長野巡回展」参加
会期:2005年1月2日(月)〜2月1日(金) 
会場:北野カルチュラルセンター
主催:東京イラストレーターズ・ソサエティ・株式会社有隣堂  (update 050121 kawa)

Catch ball/ 2004 / 300 x 300 mm / acryl gouache

「キャッチボール」 秋山孝

ぼくの好きなスポーツは、相撲と野球だ。1952年生まれなのでスポーツの遊びといえば、相撲と野球しかなかったし、それしか知らなかった。相撲は、神社の境内に秋祭りになると土俵が設置され、相撲大会が開かれる。10人抜き合戦で競い合い勝利者は、その年代の英雄であった。その対比的にあったのが野球でモダンなスポーツに思えた。用具やルールは、すべて英語でストライク、アウトやホームベース、守備位 置はライト、レフトと英単語を覚えた。そのおかげで英語にはそれなりに興味をもったしやせ細った身体もじょうぶになった。
おそらく今、子供時代を過ごしていれば、サッカーに夢中になっていただろう。なぜならゲームがインターナショナルで、だれとでもスポーツの話で共有できる楽しさがあるからだ。
そして、野球の基本は、キャッチボールだ。相手に正確にボールを投げそして、正確に受け取る。その連続があってゲームが進む。そのなかでほんとうに小さなミスが大きな敗北につながったりする。そこが、人生ゲームに似ていてとても面 白い。ぼくたちは、こんなキャッチボールをコミュニケーションに置き換えてときどき引用する。



[The poster exhibition held in China participated. ]
[中国で開催されたポスター展に参加しました]


Exhibition,"Japanese Contemporary Poster in China"
01-03.Nov.2004 (China,Seian)
05-15.Nov.2004 (China,Seian)
20-26.Nov.2004 (China,Konan)

「現代日本のポスター2004展」参加
2004年11月1日〜3日(中国・西安・陜西省美術博物館)
2004年11月5日〜15日(中国・西安工程科技大學展)
2004年11月20日〜26日(中国・河南省・州市展)    (update 050121 kaw)

"Japanese Contemporary Poster in China" Exhibition Catalog


[The 2005 calendar of Asashi Kasei Construction Materials EAZET was designed,EAZET is the eco-friendly steel pipe stake method of construction which harmonizes with a man, a town, and the earth.]
[旭化成建材株式会社・EAZETの2005年度版カレンダーをデザインしました。EAZETとは、人、街、地球に調和する環境に優しい鋼管杭工法です
]

EAZET 2005 Calendar, Design
Character Design, Calendar Design : Takashi Akiyama,Nov.2004 (Asashi Kasei Construction Materials)

「EAZET・2005カレンダー」デザイン
キャラクターデザイン、カレンダーデザイン:秋山孝・2004年11月(旭化成建材株式会社)    (update 041210 kaw)



     
1月・信頼されるイーゼット
2月・自然で活躍するイーゼット
3月・住宅街で活躍するイーゼット
4月・残土ゼロのイーゼット
     
5月・静かに働くイーゼット
6月・工場で活躍するイーゼット
7月・狭いところで活躍するイーゼット
8月・夏に活躍するイーゼット
     
9月・街で活躍するイーゼット
10月・安心・安全をモットーにするイーゼット
11月・天井の低いところで活躍するイーゼット
12月・冬に活躍するイーゼット


[The 2005 calendar of Honma-Gumi was designed]
[株式会社本間組の2005年度版のカレンダーをデザインしました
]

Honma 2005 Calendar, Design
Illustration,Design : Takashi Akiyama,Nov.2004 (Niigata,Honmagumi incorporated company)

「本間組・2005カレンダー」デザイン
イラストレーション・デザイン:秋山孝・2004年11月(新潟・株式会社本間組)    (update 041210 kaw)



     
新潟市のシンボル萬代橋
市町村合併
佐渡の深海塩(みしお)
農業


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