INTRODUCTION

はじめに

現代の先端的な情報技術によるバーチャル・コミュニケーションの時代において、豊かで健全なコミュニケーションが成立するためには、受け手と送り手のリアルな現実体験による共通感覚が不可欠である。豊かなコミュニケーションは、感覚的な体感に連鎖して始まり、人間的な思索を喚起する。

現代の情報化社会において、芸術の表現技法はとどめなく拡大し、通常の人間感覚では理解しえない高度な情報技術が遍在し、ブラックボックス化している。 秋葉原の無差別殺人事件などの不可解でオカルト的な犯罪が問題視されるのも、仮想と現実の間に大きな断絶を感じるからであろう。 本書は、そのような現代の高度な表現媒体と、野生の人間感覚のギャップに注目し、「情報芸術」を正しく豊なものに発展させようとするものである。

人間的な思索は、 色や形、光や反射という感覚的な体験に連鎖して始まる。生活を豊かに彩る、触覚的・視覚的・身体運動的な経験からくる、驚きと喜びは、生きる興味に転換し、子供達にとって、わくわくする心のうごめきは、人間や物にたいする確かな愛着の始まりとなる。

野生の人々は聖域を形成して、シャーマンが司る豊かな想念世界を共有してきたが、宗教権威に取って代わった宮廷権威は芸術家を保護し、個人が所有し、見せびらかす事のできる芸術価値を発明した。

しかしながら、近代の機械的世界観による金融支配下の芸術においては、まず最初に、この世に建築される芸術の殿堂(美術館)によって、その芸術価値が担保されることとなり、次に、現代のデジタルサイバーネットが実現した情報の偏在化技術は、肥大化した大脳皮質の化学シナプスと電気シナプスを外界に漏洩し、あの世とこの世の結界を曖昧にする。

多摩美術大学情報芸術コースは、このような現代社会における創作表現の在り方を探求し、その芸術的価値を自発的に創出する。

高橋士郎

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