W・M・ケルストリングの大衆向けラジオ「VE301フォルクスエンプフェンゲル」
Walter Maria Kerstling
1933
042 当時の新素材べ一クライドを使い大衆向けに作られたラジオ「VE301フォルクスエンプフエンゲル」は機能性を重視したデザインが特徴である。本体をデザインしたのはウォルターM・ケルズトリングで、アール・デコの影響が見える。ケルズトリングはデザインだけでなく、ラジオのプロトタイプも自費で完成させた。1933年以降、ナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)の資金援助を受けて大量生産されるようになってからも、そのデザインはほとんど変わっていない。ケルズトリングのラジオは、類似モデルを含めて1939年までに1,250万台が売れ、ヨーロッパのラジオ販売台数の新記録を樹立した。このラジオは名称自体が生産目的を如実に語っている。「フォルクスエンプフエンゲル」の「フォルクス」(大衆)とは、世界の大衆ではなく「ドイツ国民」を意味しているのだ。しかもドイツ国民は国内のラジオ放送しか受信できなかった。これはナチス政府を攻撃する外国放送をドイツ国民に聞かせないようにするためでもあった。ラジオはナチスの直轄組織であり、国民啓発・宣伝省の統制下にある情報を、ラジオ放送局を通して、ドイツの全国民に伝達する道具として使われたのである。型式の「VE301」はヒトラーがドイツ首相となった1933年1月30日からとられたものである。スピーカーの布にはかすかにハーケンクロイツが織込まれている。皮肉にも、このラジオのデザインは、ヒトラーが自国芸術に求めていた反動的、似非古典主義的美学を昂揚するというより、むしろ、このラジオの大量生産開始の33年にナチスが解散させた、バウハウスのモダニズム、美学を体現するものであった。


【素材】べ一クライド、他のプラスチック部品、布地、金属部品


100 DESIGNS 100 YEARS
20世紀を創ったモノたち
メル・バイヤーズ/アーレット・B・デスボンド
森屋 利夫/成澤 恒人
2000.05.05
株式会社アクシス