多摩美術大学|サーキュラー・オフィス 2023 年度 活動報告書
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23廃車を使った青野さんの作品。「作品の素材はどこから拾ってきているんですか?」との問いに対して、「昔は落ちていたりしました。大らかな時代ですよね」と語る青野さん。 震災後は、「文化財修復」とつなげて捉えられたりすることもありますが、私自身にそういった意図はありません。修復は根源的かつ普遍的なもので、世界では日常的に様々なレベルの修復が行われています。木村 青野さんからしてみれば、修復自体は特殊なことではないんですよね。「道路工事」などの日常生活レベルの修復と、自分の制作行為がつながっている感じでしょうか。青野 「身の回りのあり合わせのもので修復する」というのは、人間が原始時代からやってきたことです。ゼロから新しいものを生み出すよりも、「世界を維持するためにメンテナンスしていく」方が普遍的ではないか、と思考を逆転させたんです。 近代以降は、ゼロから新しいものを生み出す幻想がどんどん大きくなってきたので、修復は「消極的すぎる」と言われてしまったりもするんですけれど。私は、特殊でないものに価値を見出そうとしました。 例えば漁師さんが、あり合わせのもので量産品の漁網を塞いだとします。すると、元の網の部分と、新しく塞いだ部分に違いが出る。素材はもちろん、網の目の大きさなども違う。時間の差も感じられる。そういうのがおもしろくて、やっていましたね。に取り締まりが厳しくなりました。のちほど詳しく説明しますが、現在はタンスを使った制作なんかもやっています。修復という営みを、普遍的なものとして捉える青野 きっかけは意外とエコロジックです。自然が好きだったので、卒業制作では「森」をテーマにすることにしました。ちょうど、大学の裏手にうっそうとした森があったので、その森を舞台にかなり本格的なフィールドワークを行っていました。しかし、同時期に公園造成計画が立ち上って森が伐採されてしまった。それで、卒制のテーマが潰えてしまったという経緯がありました。 当時はちょうどバブル期の始まりで、森林破壊が問題になっていた。「自然保護活動をした方が良いんじゃないか」という声もあったりして。そこで卒制のテーマを「破壊される環境」と再設定し、伐採された枝を使って鳥居を制作しました。 その後、院生になって、新しいテーマを探し始めました。そこで、「木を植えるべきか、作品を作っていくべきか」と悩み、間引きされた細い木々を使って「木を復元する」という活動を行うことにしました。「木を素材にして新しく何かを作るよりは、木を復元した方が良い」と思ったんです。 そんな時、ある人から「木を使うと自然保護の意味合いが強くなるため、環境問題に特化した印象になっている」と言われたことがきっかけで、「修復という営みを、もっとニュートラルなところで考えてみよう」と思うようになりました。そこでいったん、木を使うのをやめたわけです。 素材を加工して作品にする場合、そもそもの素材や加工の仕方、コンセプトの違いから様々な作品が生まれるわけですが、「それとは別の範疇から何かが生まれたら、おもしろいんじゃないか」と思い、「破壊と再生」という概念に注目しました。創作の中の細々としたところではなく、それ以前のところで勝負してみたくなったのです。 破壊も再生も、「循環する」という意味では再生が重要なわけですよね。みんなは、ゼロから新しいものを生み出すことに重点を置いているのですが、本当にゼロから生まれるものは非常に少ないです。青野 修復と言っても、いろんな修復がありますよね。例えば世界遺産なんかだと、どこを直したか、ある程度分かるようにしているらしいです。 循環の輪に結びついた造形物

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