空想正倉宝物図

小林 一毅

作者によるコメント

明治八年に正倉院の収蔵品記録のために制作された「正倉院御物図」という図譜がある。正倉院の宝物が描き記されたこの図譜を眺めていると、時に不思議なかたちをした宝物と出会うことがある。私は、これらが何に使うものなのか、なぜこのかたちになったのか、答えが見えぬまま想像を膨らませる事がとても楽しかった。正体不明の不思議なかたちの宝物を三十点に渡って記録したこの「空想正倉宝物図」は、正倉院御物図の制作当時の技法の再現とともに、宝物とそこにあしらわれた紋様もデザインされている。これからはたまにこの図譜を眺めては、これらの不思議なかたちをした宝物が一体何者なのか、想像して楽しみたいと思う。

担当教員によるコメント

人に優しく、しかも便利で、モノや情報が何時でもインスタントに手に入る時代の到来である。この状況を多くの人々は幸せであると感じるらしい。しかし、無骨であろうとも厳さを追い求め、時間をかけて鍛え上げた自身の力で新鮮な価値を証明するところに、クリエーションという行為の魅力が存在する。小林一毅の緊張感に満ちた卒業制作からはそのことを強烈に感じるのだ。明治時代初頭に編纂された“正倉院御物図”の美に感化された小林は、文様追求に没頭した。岩絵の具を膠でとき、緻密な手仕事を何度も繰り返し、30点の特化した空想宝物を誕生させたのである。時代的に少数派であろうとも、違う歩みであろうとも、小林の創造へのイズムは絶対に正しい。

教授・澤田 泰廣