杳子という女-古井由吉『杳子』について-

櫻井 千夏

作者によるコメント

第64回芥川賞受賞作である古井由吉『杳子』は、発表当時から多くの論評が書かれ、様々な視点で読み解かれている文学作品である。しかし、その登場人物である杳子については、神経病みの女子大生で主人公の「彼」に頼りきりであると解釈されることが多く、その点が私には疑問であった。本論文では、古井由吉『杳子』の登場人物・杳子について、「彼」と杳子とのまなざしの交わりや古井由吉の女性観を基に分析し、杳子の本質に迫った。

担当教員によるコメント

櫻井千夏さんの卒業論文「杳子という女-古井由吉『杳子』について-」は、副題にある通り、他に類を見ない小説家、古井由吉の芥川賞受賞作にして代表作、『杳子』について論じたものである。これまでの先行研究では、物語の主人公である杳子は、狂気に陥った「弱い女」として捉えられがちであったが、作品自体を徹底的に読み直し、また関連する古井の発言を丹念にたどることで、実はこの作品で問われているのは、「見る」ことと「見られる」こととの関係性であり、さらに、杳子は、深い宗教性に満ち、創造の母胎となるような「強い女」であることを説得的に明らかにした。堅実かつ独創的な読解にもとづき、表現における「女性性」とは何かという巨大な問題にさえも切り込んでいく、きわめて優れた達成となった。

教授・安藤 礼二