掻痒覚成育過程図譜

林 宏香

作者によるコメント

五感の中のひとつである触覚、触覚の中のひとつである「痒み」を感知する痒覚を中心とした、皮膚感覚とそれに伴う行動、心理の変化を複合化した図式表現の研究を自身の持つ体験や経験をもとに行いました。本来防衛本能でありながら、連続して起きることで自己を傷つけすぎてしまう痒みの感覚を、花の成長過程のメタファーを利用し、表現しています。

担当教員によるコメント

本作は皮膚感覚の中でも特に科学的な解明が困難とされる「痒覚」の視覚化に挑んだ作品である。とはいえ、感覚・行動・心理が絡み合い、場合によっては精神疾患に至るとされる複雑な身体感覚から理解可能なカタチを見出すことは容易ではない。医学・生理学分野の入念な調査と、その知見に基づいた視覚表現の試作を繰り返し、植物のメタファーを用いた図像化に辿り着いた。脳が種に、痒みが花に、掻く行為が虫の飛来に喩えられ、奇形の花が肥大化して自重に耐えきれずに脳ごと果てていくという物語を描いたのである。視覚的な比喩を用いたデザインは数多くあるが、医学的なエビデンスに基づき、構造の比喩として描いたものは少ない。目に見えない人間の不条理な感覚を、既知の構造(植物)を用いて図解するヴィジュアル・メタファーの本質へと到達した作品である。

講師・中野 豪雄