通過する風景としての『題不詳(砂浜の裸婦)』, 山本悍右とシュルレアリスムの接触について

戸部 瑛理

作者によるコメント

山本悍右は、しばしば「孤高のシュルレアリスト」と評される。戦前に超現実主義に影響を受け写真制作を開始し、リアリズム写真が主流となった戦後日本においても、超現実的な作品の制作を継続したためである。だが、戦前の言論統制に抵抗する理性的な意志が内包されているかのような、『題不詳(砂浜の裸婦)』は、「無意識」など本能的なものを表現するシュルレアリスムの作品だと位置付けることが妥当なのだろうか。本論では、以上の疑問を起点として同作品を検証する。

担当教員によるコメント

本論文は、「孤高のシュルレアリスト」山本悍右が、戦前に超現実主義に影響を受け、絵画を超えようとする写真制作を開始した背景、そしてリアリズム写真が主流となった戦後の日本においても、超現実的作品の制作を継続した内面に降り立ち論じた。『題不詳(砂浜の裸婦)』はたんに、「無意識」など本能的なものを表現するシュルレアリスムの作品だと位置付けることが妥当なのか。この疑問を起点として、戦前の言論統制に抵抗する理性的な意志が内包されている代表作として光を当てた。その実践そのものが日本人芸術家が再創造する「無意識」と「意思」のはざまに、西洋超現実主義の受容と乗り越えの歴程を丹念に追って抽出し浮き彫りにした力作である。

教授・鶴岡 真弓

  • 作品名
    通過する風景としての『題不詳(砂浜の裸婦)』, 山本悍右とシュルレアリスムの接触について
  • 作家名
    戸部 瑛理
  • 学科・専攻・コース