糸の記憶

藤田 ほほの

作者によるコメント

モールス信号をもとに、日記を編み、日々を記録しました。現代は、SNSや電話などを使って速く自由にコミュニケーションをとることができます。しかし、編み物は、1文を編むのに30分以上かかります。また、読み取るのにも時間がかかります。編み物日記を通して、不便なゆっくりとしたコミュニケーションを楽しんでもらえたらと思います。
また、編んだ日記は、封筒に入れ、次の日に出かけた先でポストに投函しました。コロナ禍で卒制を作る上で、今の状況も一緒に記録したいと考え、この形にしました。封筒には消印という形で場所の情報も刻まれます。2020年は、ほぼ同じ場所の消印になりました。別の国、または別の地域で同じことをするとしたら、どのような作品になるのでしょうか。

担当教員によるコメント

藤田は、3年次から「編みもの」そして「編むこと」をテーマに作品制作に取り組んできた。 とりわけ彼女が注目したのは、編みものというメディアに、不可避に取り込まれる「時間」である。編みものに限らず、メディアにはそれを書いたり、消したり、編集した時の時間が、必ず刻み込まれる。編みものというメディアにも、糸を編んだ時間が、刻み込まれる。編みものというスローメディアの場合は特に、その刻み込まれた時間は、深く、長く引き伸ばされたものとなる。
外出できない、人と会うことができない、というCOVID-19の状況において、私たちの生活における時間感覚は、終わりの見えない宙吊りの状態に置かれた。藤田はそこで、編みものによる日記を書き始めた。さらにその日記を、(限られた)移動先から自分宛に手紙として送った。それは、この特殊な1年における、生活、時間、移動をゆっくりと記録し、記憶にとどめる営みとなった。丁寧に編まれた、ひとつひとつの手紙は美しく、この1年の記録/記憶を携えながら静かに佇んでいる。

教授・久保田 晃弘