生活

阿部 泉

作者によるコメント

昔住んでいたオンボロ団地が、整備され知らない場所のようになっていた。さらに記憶に靄がかかったように、当時(12年前)のことが上手く思い出せない。もともとここに私の居場所なんてあったのだろうか?
私は確かにここで生活していたはずだ。断片的な記憶を構成して、無理やり当時の様子を絵に描いた。恐らく実際の光景とは異なっているが、これ以上忘れる前に留めておきたいと思った。

担当教員によるコメント

卒業制作に取り組むにあたってまず阿部さんは、自身が子供の頃に住んでいた団地を訪れ取材した。実際に訪れてみると思い出す情景と違っていて戸惑ったと言う。戸惑いながらも彼女はこのテーマで描ききった。予定調和ではない正直な絵だと思う。描かれた絵は、がらんとしたそっけない場所を抜ける風が印象的だ。ハイトーンで描かれたまぶしい画面には見えないくらいの細く淡い線がきりきりと刻まれ、薄い半透明の絵具が擦り付けられている。図像を説明するには細く淡すぎる線だ。しかし絵の前に立つとだんだん見えてくる複雑な描き跡には、彼女のそのときの気分が瑞々しく記録されている。見る人の感情に働きかけてくる線である。自分自身にとっての確かな動機で描いていることが、この作品の魅力の理由だろう。

准教授・日野 之彦