シトラス

矢野 憩啓

作者によるコメント

本展示は男子トイレ前のデコポンからイイオホール二階の通路、さらにイイオホール窓外にある洗濯物から男子トイレ内部へ続き、男子トイレ前へ戻ってくる、円環をなす順路の展示構成となりました。実際には鑑賞者は床のある部分しか歩けず、窓外にある洗濯物は下から眺めるしかない。また男子トイレも鑑賞者に開放されておらず、通常通りトイレとして使用されていたためこの順路で鑑賞することはできない。(トイレの対応は再考の余地があると考えています。)重要なのは作品の核心にたどり着くことではなく、辿り着かないが見えていたり、見えるが届かなかったり、話さないが見えたり、届くが見えなかったりする状況だと考えています。その時、私の使用する単語の意味を説明する単語帳は道を示したり、脇道を作ったりすることで私と私に付随する属性を解体していきます。私の展示を通じて、私のパーソナリティや私に付随する属性に関わる問題、私と他者との関係性、属性によって締め切られる場所などの風通しが良くなれば幸いです。

担当教員によるコメント

矢野君は、主体を構成する社会的意味やジェンダー的意味、統一的な作家像を解体することを目指し、校内の各所に循環的に作品を分散展示した(トイレ前のデコポンの絵~ホールの絵画展示装置~男子トイレ内性器絵画~屋外の洗濯物干状絵画~男子トイレ)。「重要なのは作品の核心にたどり着く事ではない」と語る彼は、単語帳を用意し、意味規定のみならず「属性を解体して」いく装置として機能させる。方向を失わせる言語表示と共に、常に欠落させられた視覚や体験性は、ねつ造されやすい主体を回避させつつ多方向へと分散する事で、通常は断念されてしまう不可知の関係生を生み出す事に成功する。極めて叡智的な作家である。「なぜユニークでなければならないのか?」と彼の問いは続く!

教授・中村 一美