そのとき私はトンネルで、雪を、踏み、

海川 花菜

作者によるコメント

BをみてAを思い出す。東京の一人暮らしの部屋でカーテンが揺れるのを見ているときに、北海道の今は引っ越して入ることのできない部屋のカーテンが揺れているのを思い出す。トンネルの中、その白っぽい灰色の壁に、車の光で影ができては消えていくのを繰り返すのを見るとき、夜の雪道の街頭と行き交う車の光が混ざりあっては過ぎ去っていくのを思い出す。その時、感情は現在の新たなものとして感じているものなのか、それとも思い出した感情なのか。私は、今、この風を通して、今、感動したのかあの時の風を思い出して、あの時の温度を思い出して、あの時のにおいを思い出しているのかAを見た時に使われる神経回路とAを思い出すときの神経回路では少し違うらしい。その時私はAをみているのか、Bをみているのか。どちらかだけではなくどちらでもある感覚を表したい。

担当教員によるコメント

海川は北の国で生まれ育った。多感であったその時期の風景と感情の記憶を、彼の地から離れ一人暮らす生活の中にも見出し重ね合わせる。実際の作品では、遮光した窓からわずかに漏れる外光が「現実の風景」を意識させ、また室内に配置した棚や鏡、ガラス、吊られたカーテン等、それらに幾つもの方向から、記憶の断片としての映像を投影している。そしてそれらは透過や反射しながら新たな風景や出来事を表出させ、観客も位置を変えるごとに起きる感覚の変化に視座も浮遊し、感情も揺らいで過去と現在の時間軸も不確かなものとなる。そして部屋を出て現実空間に安堵したと同時に、忘れかけていたそれぞれの「風景」を思い出す。さらに気付けばその風景や感情すらも、海川のインスタレーションの一部として取り込まれていたのだろうか。

教授・小泉 俊己

  • 作品名
    そのとき私はトンネルで、雪を、踏み、
  • 作家名
    海川 花菜
  • 作品情報
    素材・技法:ミクストメディア
    サイズ:可変
  • 学科・専攻・コース