TAMABI NEWS 101号(電脳世界の仕掛け人)|多摩美術大学
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03AI時代だからこそ必要になる“手を動かすこと”と“現場に出ること”イメージをスケッチで可視化自由な発想で新たな世界を創る右上/表紙:独自の鏡膜に覆われた『null²』外観(撮影:落合陽一)、右下:木村さんが制作した『null²』の演出照明(左)と3Dスキャン用の装置(右)、左:演出照明を設計した際の手描きスケッチ高崎音楽芸術祭で展示された『Tug of Memories』の演奏中の様子きむら・まさたか2004年、多摩美術大学情報デザイン学科卒業。明和電機を経て独立し、東京KIMURA工場を設立。2012年より業界騒然のニューものづくり工場(株)TASKOの立ち上げに参加し、設計制作部工場長に就任。2022年、株式会社サステナブルパビリオン2025の代表取締役に就任。ちは『null²』を社会へ還元し続けるための仕組みづくりに挑んでいます。一過性で終わらせず、作品が持つ思想や技術を次の世代にどうつなぐか。それこそが、本当の意味で未来をつくることだと考えています。 モノづくりや機械に触る楽しさに目覚めたのは高校時代。そのころはバイクの改造に熱中していました。高校は建築科でしたが、図面を引きながら「もっと自由な表現がしたい」と感じるようになりました。当時はインターネットが広がり始めた時期でもあり、表現の幅を求めて情報デザイン学科へ進学。とはいえ現在と違って当時は大学にも十分なデジタル設備があるわけではなかったこともあり、工作や立体物の制作に関心が向かいました。そして、2年次に出会った高橋士郎先生のもとでロボット制作を経験したことが大きな転機に。構造を考えながら手を動かす過程に魅了され、卒業までロボット製作に没頭しました。 大学卒業後は縁があって明和電機に入社。現場で実践を重ねるなかで技術を磨き、独立後は自身の工房を構えて作家活動や受注制作に取り組みました。しかし個人でできることには限界があり、より大きな案件に対応するため、明和電機時代の仲間とともに株式会社TASKOを設立。私は設計制作部の工場長として、電気と機械を組み合わせた装置の設計・制作を担っています。試作から実装までスピーディに行える社内アトリエの存在も、創造を支える重要な要素です。 デジタル技術には大学卒業後から関わり始め、アナログ回路からマイコンやArduinoまで、現場での試行錯誤を通じて技術を身につけてきました。クライアントワークでは「寄り添う姿勢」と「簡単にあきらめないこと」を大切にし、依頼者の漠然としたイメージに対しても、柔軟な発想で応えるよう心がけています。制作の出発点は、まずスケッチ(ポンチ絵)を描くこと。ラフな絵だからこそ議論が活性化し、柔軟な構想につながります。 近年では、高崎音楽祭で展示された『Tug of Memories』(2021)にて、ライゾマティクスというクリエイティブプロダクションとともに無人の舞台で自動演奏を行うシステムを開発。パンチカードの上をピアノが移動し、その動きと連動して演奏が展開されます。限られた設営時間のなか、仮組みができない条件下で、耐久性も求められるシステムを構築する難しさがありました。ピアノを引っ張るロープの緩みには、ラッシングベルトを使って微調整できるよう工夫するなど、現場で培った知恵が活きた例です。 こうしたプロジェクトも、社内の横断的な連携があってこそ実現できます。仮に「Webの技術が必要」となればすぐ相談できる体制があり、個々の専門性を活かしたチームだからこそ、TASKOでは実現できることが多くあると実感しています。 これからは本格的なAI時代が到来します。AIは単なる「頭のいいツール」ではなく、人間を超える知性を持ちつつあります。では、人間にしかできないこととは何か。それは、身体を使って何かを生み出す「物理的な行為」だと、私は考えています。ネジを締め、構造を調整し、その場で判断しながらつくり上げていく。そんな現場の仕事にこそ、人間の役割があるのです。それを強く感じたのは、『null²』の制作終盤の3か月。落合プロデューサーを筆頭に極少数のメンバーでさまざまなテクノロジーを駆使しながらソフト、ハードを一気につくり上げました。こうしたモノづくりの時間は、自分の原点でもあります。だから学生の皆さんにはまず、「手を動かしてみること」の大切さを伝えたい。私自身、ここ数年は万博一色、会議ばかりの毎日でしたが、最後の3か月だけはそこにいる誰もがフルスタックのクリエイターでした。 また、学生時代にもっとやっておけばよかったと思うのがインターンシップです。異分野の人や技術と出会う経験は、確実にあとで効いてきます。時間は限られています。受け身にならず、自分から動いて、現場でしか得られない学びを掴んでください。もし興味があれば、ぜひ万博にも足を運んでみてください。これほどのスケールで、世界中の知恵と技術が結集する空間はめったにありません。今、私たちのパビリオンでは来場者を3Dスキャンするボランティアも募集中です。現場で、生きたアートに触れる貴重なチャンスになると思います。ご応募お待ちしています!

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