しげむね・たまお多摩美術大学在学中にアンティーク着物にのめり込み、着物・帯の制作を開始。パリやロンドンにて合同展に参加し、2018年にはロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に振袖と西陣織帯が永年収蔵される。同博物館にて開催された展覧会はスウェーデン、オランダ、カナダへ巡回した。中下:卒業制作で作成した着物作品、右:ヴィクトリア&アルバート博物館に収蔵された『Engagement ribbon(振袖)』めていくうちに、「最後に死が待っているからこそ、今をどう楽しむのか?」というメッセージを投げかけたいと考えるようになりました。現在のカラフルな作品には、生死をポジティブに捉える世界観が反映されています。 近年は海外での活動にも積極的に取り組んでいますが、そのきっかけとなったのは2016年に参加したパリでの合同展でした。それ以前にもニューヨークやメキシコをひとりで旅行したことがあり、現地の芸術や死生観に衝撃を受け、異文化から影響を受けた作品を海外で展示したいという思いが高まっていました。そんな時、国内のイベントを通じてフランス在住のアクセサリー作家と知り合い、思い切って相談したところ、パリで行われる合同展に声をかけてもらいました。パリでの刺激的な経験が忘れられないなか、2018年にはロンドンにあるヴィクトリア&アルバート博物館に作品『Engagement ribbon(振袖)』と『鱗(西陣織帯)』が永年収蔵されることに。私自身も渡英するチャンスを獲得し、クラウドファンディングで資金を募って現地での撮影や展示を行いました。当時はスウェーデン・オランダ・フランスなどを巡回したほか、それ以降も世界各地で活動を実施。直近ではメルボルンの州立美術館にも作品が収蔵され、私も渡航してトークセッションなどを開催しました。私にとって世界に飛び出すことは、自らの表現を多くの人々に発信すると同時に、新しい価値観に触れて表現の幅を広げる機会にもなっています。 幼少期から絵を描くことが好きで、美術教師だった母親の影響もあって美術大学に進むことを決めました。1年間の浪人を経て多摩美のテキスタイル科に入学しましたが、雑誌からカラーチップを切り取る、あちこちからテクスチャーを収集するといった1年次のカリキュラムに面白さを見出せず苦労したのを覚えています。また、少しでも失敗すると仕上がりが変わってしまう染色にも難しさを感じていました。大きな挫折感を味わいつつ、ほかにできることも浮かばない。そんな状況に陥った時、大正末期・昭和初期のアンティーク着物を本で見て、そのデザインに心を掴まれました。自分でも着物を着るようになり、大学の課題で着物や帯を制作。着物と出会ったことで創作の楽しさを知り、在学中は染色の技法や繊維加工を幅広く学びました。 今になって振り返ってみると、ひとつのテーマに沿って素材やデザイン、色彩を選んでプレゼンする1年次の授業は、アートディレクションも含めて作品を展開する現在の活動に不可欠な視点を養ってくれました。その点、「着物」の制作と出会えたことも含めて大学生活で得たものは大きかったと感じています。 今後の目標は、国内外を問わず美術館で個展を開催することです。絵画作品をはじめ、それを用いた着物やオブジェ、ビジュアルアートなどを組み合わせて展示することで、テーマや世界観をより深く伝えたいと考えています。海外での活動を通じて実感しているのは、「着物」に対する受け止められ方の違いです。日本では工芸や伝統文化として見られることが多いのに対し、海外では日本のポップカルチャー・ファッションのひとつとして捉えられることが多い。そのため、着物を用いた自由な表現をフラットに受け入れてくれやすいのです。私の基本的なスタンスは、“伝統を尊重し学びつつも、自由に創作する”。着物のスタイルやルールはありますが、それをどこまで変形すると着物だと認識されなくなるのか。そんな問いを起点に、洋服との組み合わせや形状の拡張など、着物の概念を広げる試みに挑戦したいと考えています。03行き詰まった状態が一変したアンティーク着物との出会い海外の方が自由な表現をフラットに受け入れてくれる
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