10年大学院テキスタイルデザイン修了 ファイバーアーティストとして海外を中心に活動する私の原点は、多摩美の図書館で出会った数多くの作品集でした。そこで初めてファイバーアートに触れ、日本ではほとんど存在しなくなった展覧会やコンペティションが海外には数多くあることを知り、自分も挑戦したいと思うようになったのです。以来、リトアニア、イタリア、ベルギーなど、さまざまな国で作品を発表してきました。 海外で評価されているのは、テキスタイルを「布の成り立ち」から探究を続けている点です。一般にテキスタイル・ファイバーアートは糸や繊維素材を用いた表現を指しますが、私にとってその本質は素材から多角的な 表現につなげていくことにあります。経糸と緯糸の構造を念頭に、あらゆる素材で表現が可能だと考えています。大学院時代に手がけた『群がる』(2009)という作品は、その最初の結実です。ふと網戸を眺めて「これは経糸と緯糸の構造だ」と気づき、網戸用メッシュを解体して、縫うでも編むでもなく、繊維の交わりそのものから形を立ち上げました。その後も、スズランテープを用い、風の強さや向きに応じて色彩が移ろう『シャングリラ』(2014)、ビニールホースのパーツを組み合わせた『Universe』(2015)など、主に日用品を起点とした作品を展開してきました。さらにチリ・アタカマ砂漠で制作した『大地を織る』(2023)では、人の影を経糸、並べた石を緯糸に見立て、朝の限られた光でのみ成立するインスタレーションを制作しました。 こうした表現の基盤には、多摩美での学びがあります。1年次は糸や染料、布といった素材そのものに向き合うことから始まりました。デザインや表現は、素材への深い理解の上に成り立つという姿勢が、私を既存の枠にとらわれない制作へと導いてくれたのです。日用品をはじめ、あらゆるものを素材として捉え、可能性を見出すためには、既成概念から自由になることが欠かせません。そして大量生産の工業製品とは異なり、私の制作では身体の感覚を何より大切にしています。たとえ短期間で仕上げた作品であっても、その背後には長年の経験と感覚が息づいています。世界を惹きつけるのは、手仕事と独自の視点から生まれる唯一無二の表現なのです。 現在はドイツのアーティスト・イン・レジデンス「Akademie Schloss Solitude」に滞在しています。ここでは国籍や専門を問わず多様な人々が集い、互いの表現や思考を交わすことができます。私にとって、こうした環境に身を置くことが新たな表現の模索につながっています。今後も先入観にとらわれることなく、自らの手でつくることから生まれる表現を発信していきたいと思います。ビニールチューブで制作された『Universe』上:ポルトガルでのアーティスト・イン・レジデンスで制作された『手の記憶』(2024/© contextile)、下:『大地を織る』とみた・のりこ多摩美術大学でテキスタイルデザインを学ぶ中でファイバーアート(繊維芸術)と出会い、ファイバーアーティストとして日用品などを素材に用いた作品を制作。国内の芸術祭のほか、海外での展示やアーティスト・イン・レジデンスにも多数参加している。スズランテープを用いた作品『シャングリラ』テキスタイルを多角的に捉え海外での評価につながった ファイバーアーティスト 言語を超えて人々を魅了する世界で輝く力アーティスト・イン・レジデンスを中心に世界各国でファイバーアートを制作富田紀子 TOMITA Noriko
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