TAMABI NEWS 94号(映像で魅せる力)|多摩美術大学
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08学長NAITO Hiroshi1976年、早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻修士課程修了(工学修士)。フェルナンド・イゲーラス建築設計事務所(スペイン)、菊竹清訓建築設計事務所勤務を経て、1981年に内藤廣建築設計事務所設立。2001年、東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学助教授に就任。翌年、同研究科社会基盤学教授。2010〜11年に東京大学副学長を務め、東京大学名誉教授に。2022年より公益社団法人日本デザイン振興会会長。2023年4月に多摩美術大学学長就任。──今年度から多摩美術大学の第11代学長に就任されました。日本の現状を踏まえ、これからの時代のアートやデザインの役割をどのようにお考えでしょうか。 まず前提として、今の日本人のアートやデザインに対する意識は低いと思っています。戦後の高度経済成長の中で、デザインは「売れればいい」「売れるのが正義」という価値観に突っ走ってしまった。一方、アートのほうはバブル期には投機対象になってしまい、美意識のようなものはどこかへ追いやられてしまったところがあります。 本来、アートやデザインは心の渇きがある人を満たすためにあります。しかし、本来訴えかけるべき相手にアートは届いていない。そこに強い問題意識を持っています。 海外に目を向けるとヨーロッパでは、ドイツもイタリアも戦後に独自のデザインを確立しています。アジアでも中国は国家プロジェクトとして、デザインに力を入れているし、韓国も1997年の経済危機をきっかけにイノベーションよりもデザインだ。中身は外国から買って、アッセンブリ(組み立て)をすればいい。大切なのはヒューマン・インタフェース、つまりデザインだ……という方向に国が主導して舵を切ったのです。 日本はというと明治時代に東京藝術大学の前身である東京美術学校の設立に尽力した岡倉天心などが日本のアートを世界に発信しましたが、第二次大戦後は、とにかく焼け野原から商業国家として立ち上がるしか選択肢がなかった。高度経済成長期の1957年に当時の通商産業省(現・経済産業省)がグッドデザイン賞を始めるわけですが、ここでも「売れるものがGOOD」という価値観なわけです。そのまま大多数の日本人はアートやデザインを楽しむ意識を欠いたまま、現在に至っているというのが私の見方です。 技術発展や少子高齢化が進むこれからの時代において、日本人にとってのアート・デザインの意識を再構築しないといけない。ただ、企業や社会はすぐには変われません。それならば、大学から何かを変えていくしかありません。この局面において多くの学生が通う多摩美の役割は大きいと私は思います。 技術的なイノベーションも大切です。東大、東工大のような研究大学の学生にもぜひ頑張ってもらいたい。ただ、技術をつくり出せば、エンドユーザーに届くとは限りません。やはりヒューマン・インタフェースが必要になります。それを誰が考えるのか? それは、多摩美のようなアート・デザイン領域の学生たちです。最近は情報革命によって、メタバースのようなバーチャル空間も広がっています。では、3D空間の奥の世界をどう描くのか? それは、エンジニアリングではなく、アート・デザインの領域だといえます。絵心やデザインの感性を持つ人が新しい世界をつくればいいのです。 もちろんバーチャルの世界に没頭しすぎれば、心が不安定になる人も出てきます。心の問題をどう支えるか。そこは、従来のファインアートが引き受けるべき領域でしょう。外に広がる世界と心の奥に向かう世界。両方があって人間です。この両面をアートやデザイ多摩美術大学内■■藤■■廣■■■2023年度から、多摩美術大学の第11代学長に就任した内藤廣学長。建築の分野で功績を残し、教育にも長く携わってきた新学長に、これからの時代にアートやデザインに求められる役割や多摩美の使命、学生たちへの期待などについて、お話をうかがいました。アート・デザインに対する意識を再構築するのが多摩美の使命内藤廣新学長インタビュー混迷の時代の「不安」をアートやデザインを創り出すエネルギーに代えてほしい

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