TAMABI NEWS 97号(多摩美の建築)
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 2024年度から「環境デザイン学科」は、「建築・環境デザイン学科」に名称を変更します。その狙いとしては、本学科がデザイン対象とする分野を再定義することにあります。 これまでの環境デザイン学科では建築、インテリア、ランドスケープという3分野を横断し、身の回りのすべての事象を「環境」という言葉で捉えてきました。建築では安全を確保するための構造的な部分や人々に安心感を与える設計など、インテリアでは人とモノの心地よい関係性をめざした空間の構築を学びます。そして、ランドスケープは、自然や都「建築」と「環境」の定義を問い直すための学科名称変更■「環境デザイン学科」が「建築・環境デザイン学科」に変わる意味大事なのは、学ぶのではなく、五感を通じて感性を養うこと環境でトレーニングを行うため、どうしても健常者ファーストになるなど、障害者アスリートに対する配慮がなかったり。そんな実情を聞いて思い出したのが、子どもの頃の平和教育でした。長崎出身の私は、8月9日の黙祷や原曝資料館への社会科見学など、平和教育がすぐ身近にある環境で育ちました。被曝経験のある学校の先生から「自分の背中にはまだガラスが埋まっているんだ」と生々しい体験談を聞いたこともあります。被曝経験を持つ先生もそうですが、障害者アスリートは自ら望んでその境遇を背負ったわけではありません。社会的な原因でやりたいことが存分にできない状況にある以上は、その要因をなくし環境を整えていく必要があると強く思いました。 実際の設計では、障害の有無に関わらず、全ての人が東京オリンピックに向けて本番に近い環境でトレーニングできる設計を意識しました。シャワールームでは車椅子を利用し1986年、多摩美術大学建築科卒業。1991年、E.P.A環境変換装置建築研究所を設立。建築のみならず、インテリアデザインやインスタレーション、プロダクトデザインまで幅広く手がけている。2019年、「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」で日本建築学会賞(作品)を受賞。市のあり方を総合的に捉え、空間をデザインすることを指しています。いわゆる「建築の構造」のように矮小化された狭義の建築だけを学ぶのではないという意味を込めて、「環境」と定義することが重要だったのです。 しかし昨今、「環境」という言葉は、身の回りの空間としての意味合いだけでなく、より広義の解釈に発展してきています。気候変動やカーボンニュートラルなどがいい例でしょう。要するに、「環境」だけでは、その対象が判然とせず、建築や空間デザインの意味合いが薄れてしまうのです。そこで、「建築・環境デザイン学科」と名称変更することで、「建築」と「環境」の再定義を行いつつ、本学科がめざす「身の回りのすべての空間」を総合的にデザインすることの重要性を提示していければと考えています。 日本で建築を学ぶというと、総合大学で構造や設計など理論的な分野を磨くことがまず想起されるでしょう。しかし、目の前に大きなスケールをもって存在するものが、美の対象でないはずがありません。理論だけでなく、徹底的に感性を養うことができるのは、多摩美ならではの取り組みではないでしょうている人が座ったままシャワーを浴びれるようにするなど、バリアフリーなデザインにもこだわっています。自ら見て触れたものから新たなアイデアが生まれる 私たちの事務所では、建築の設計はもちろん、家具やインテリア、さらにはインスタレーションも手がけています。ある意味で“なんでも屋”ともいえるでしょう。なぜここまで幅広く事業を展開できるかといえば、それは多摩美での経験があるからこそです。自分が多摩美に通っていたころを思い返すと、図書館にこもってイタリアの建築雑誌を読み耽っているか、他学部の友人のアトリエで制作を手伝っているかの毎日でした。自分とは異なる領域の学生と交流して得た知識は、設計やディレクションをするうえで強みになっていると感じます。アイデアは、そのほとんどが自分が過去に見たものの編集から生まれるものです。建築は総合芸術だと言われるくらいですから、学生のみなさんには今のうちにいろいろなものを見て、体験してほしいですね。建築に限らず、さまざまなアートの観点を吸収できるのは多摩美ならではの魅力です。ぜひ学部を越えていろいろなアートに触れてみてください。木材の機能と美しさを追求した「上人坂テラス」(上)と「森林総合研究所九州支社」(下)か。当然、総合大学同様に建築士の国家試験受験資格も取得することができます。 例えば素材実習の授業では、木材からスプーンを作り出し、漆の授業で作った器でアイスクリームを食べることを課しています。素材や形が変われば、アイスクリームの味覚も変わるということを、五感を通して体験的に学び取れるはずです。座学では感じられない、これこそ建築のリアリティではないでしょうか。木材に限らず石材やコンクリート、金属など、扱う素材が多摩美で最も幅広いのも、本学科の特徴だと捉えています。 そして、素材の傍には必ず人がいます。実際の現場でも、大工や左官など素材を扱うのは施工者となる職人です。そこで、さまざまな現場の方々をお呼びし、講義をしていただいています。他学科と異なり、自らの手で作品そのものを生み出せないことにフラストレーションを感じることもあるでしょう。しかし、将来的にはひとりの手に負えないスケールのものが築けるようになります。建築のリアリティを通して、そうした可能性を開いていくことを、学生たちには期待しています。主要構造部に耐火集成木材を使用した商業施設「サウスウッド」05松澤 穣先生 環境デザイン学科長 

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