TAMABI NEWS 97号(多摩美の建築)
7/16

「見せてつながる」というライフスタイルを提案■賃貸住宅の新たな価値を創出する大東建託との産学共同研究提案したSNS的価値観の企画が商品化され、9棟が販売 大東建託株式会社との産学共同研究に参加し、約半年間にわたって成果発表会に向けた準備にチームで取り組みました。これは、「次世代の賃貸住宅のプロトタイプ」を、次世代の賃貸ユーザーとなる私たち学生とともに開発するというプロジェクトです。建築の成果物として通常は模型や図面となる中、プロジェクトの規模が大きいことで実際の建物をつくれる可能性があること、同じ美大にいながらほとんど交流がなかった他学科と制作活動ができることに魅力を感じてプロジェクトに参加を決めました。 私たちのチームが提案したのは、「my tag」とい防ぐには「ストリートウォッチャー(街路に向けられる多数の視線)」が重要だと主張しました。その街を歩く住民による見守りが、犯罪の抑止力になるというわけです。住居とオフィスの共存で、建築の新たな可能性を模索 新たな取り組みとして住居とオフィスをひとつの空間に混在させたことも、「HYPERMIX」の大きな特徴です。一般的に賃貸住居とオフィスは切り離して考えられており、建築基準法でも厳密にその区画が守られています。しかし、住むことと働くことは日常生活でシームレスにつながっていて、必ずしも明確に切り分けられないと僕は考えています。そこで「HYPERMIX」では、法律上の区画区分は設けつつも、オフィスと住居ユニットを分離せず、あえて同フロアに共存させています。合わせて、住む人と働く人の双方が空間と時間を共有できる共用スペースもつくりました。この共用部はリビングのような雰囲気で、オフィス利用者と住民が一緒にコーヒーを飲んだり、ご飯を食べたりする光景が見られます。親しい顔見知りのメンバーによる、コモンズの空間です。住居ユニットには、共用部に接する手前側と奥側の部屋を分けられる間仕切りを設けて、共用部との関係を入居者自ら調整できるようにしました。奥側は自分の部屋として施錠しつつ、共用部側は誰でも使える公開ライブラリーとして本を並べている方もいましたね。左:「HYPERMIX」の断面図 右:オフィスと住居、仕事と生活がシームレスにつながったフロア(©DAICI ANO)うSNS的価値観を反映させた賃貸住宅です。住宅内の一部分が外から見えるようになっているのが特徴で、そこに住民の趣味やライフスタイルに関連した空間をつくり出すことによって、ほかの住民と交流するきっかけが生まれる効果を期待しました。企業の方から教わった賃貸住宅の課題のひとつが、隣にどんな人が住んでいるのかわからないということ。そこで、SNSのように互いのキャラクターが伝わるような空間を置くことでコミュニケーションを促し、ポジティブなつながりを築いていける住宅を目指しました。 チーム内ではリーダーを務め、メンバーがフラットに話し合えるような雰囲気づくりを心がけました。環境デザイン学科以外の学生もいたことで各分野の創造性が融合し、アイデアや発表に深みが出たと感じています。 教授や企業の方と真剣にミーティングを重ねるうちに、室内を可視化することへの抵抗感を指摘されることもありました。当然ながら、世代によって価値観のギャップはあります。ただ、だからこそ学生が提案することに価値があると考え、思いを伝えるための工夫を凝らして強い気持ちで発表に臨みました。 このようにプライベート性とコモン性がグラデーションを描く空間デザインは、コミュニティや人間関係の可能性をも広げていきます。例えば、オフィス利用者の方がお子さんを連れてきた際に、共用スペースでオフィス利用者や住民が子どもと遊んでくれたとの話も聞きました。これは自分の子どもじゃなくとも地域の人々で子どもの面倒を見て育てていくという、昔ながらの共同体を再現できた事例だと思います。住宅の建築設計は、空間と時間をデザインする仕事「HYPERMIX」に限らず、住宅の建築設計は、そこで過ごす人々の空間と時間をデザインすることだと考えています。言うならば、時間経過とともに生活者によってつくられていく建築だといえるでしょう。そのため設計段階1974年千葉県生まれ。1997年多摩美術大学建築科卒業。1997年にarchitecture WORKSHOP(現・有限会社awn)に入社し、2004年より同パートナーとなる。2021年よりawn COO。では、ある種の余地を残しておくことが不可欠です。アイデアを収束させるよりも、常に可能性を広げていくことを意識しています。 また僕の場合は、学生時代から人間という存在に興味があり、人が見せる正しい部分だけでなく、抑圧されている部分や陰の部分にも目を向けないと建築の設計ができないのではないかと考えていました。人間そのものを理解しようとする姿勢は、今の仕事にも通じています。学生のみなさんにも、多摩美で多種多様な先生や友人たちと交流しながら、他分野や他者に対する想像力を磨いていってもらいたいです。 発表会で私たちの考案した賃貸住宅が評価され、商品化されることとなりました。アイデアを実現する際には、構造面や法律面など、さまざまな条件を考慮する必要があります。それらをクリアしながら具体化していく企業の技術に触れ、熱意を持って実現の可能性を探ることの大切さを学ぶことができました。企業のブラッシュアップを経て実現した賃貸住宅「VISION MyTAG」は現在、日本全国に9棟建設されることが決まっています。工事中の写真を見せてもらう度に、自分たちの考えた建物の完成が近づいていることを実感して胸を高鳴らせています。2024年2月16日には、千葉県で完成現場見学会が開かれ、メディアにも取り上げられた4グループの中から選ばれた「my tag」の模型。住人がつながる場所「中庭」は街へと開かれている07アイデア実現に向けたプロの技術に学ぶ多摩美の建築吉田智陽さん 環境デザイン学科4年(当時・2023年卒業) 

元のページ  ../index.html#7

このブックを見る