入試問題集2023|多摩美術大学
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アートは不要だ。新型コロナウイルスによる自しゅく期間中、アートは社会にそう考えられることが多くなった。しかし、私はそう思わない。なぜなら、アートは社会をつくる上で大きな役割を担うからだ。たとえば、シンディ・シャーマンの《アンタイトルド・フィルム・スチル》。この作品でシャーマンは、当時の映画に出てくる女優などにみられるステレオタイプの女性像を社会に示すため、女性である自らがその姿に扮し、その写真を発表した。この作品はフェミニズムやジェンダー観に大きな影響を与え、今もなおその色はあせることなく存在観を放ち続ける。シャーマンはこれほどまでに反響を得たが、政治家と同じように言論で社会に語りかけても、恐らくその声は届かなかっただろう。アートという場で表現を通してそれを行った。写真という身近さとそれがステレオタイプをつくってきた事実、その言語の不要さなど、アート作品にしかできない語り方を彼女はやってのけた。また、社会での問題が現実のものと感じさせるのもアートの担う役割と考える。松田修の《奴隷の椅子》。ディスプレイとスピーカー、スナックを思わせる椅子や小物からなるインスタレーション作品だ。貧困とともにあった日本人女性が、ディスプレイ上で奇妙に目や口を動かしながら人工的な声でその人生を語る。私は裕福な家庭に生まれ、日本の貧困問題は知識としてもってはいたけれど、別の世界のような、おとぎ話のような感覚があった。しかし女性の語るその生々しさやきつい関西弁、顔や声の違和感や鑑賞席だった椅子が、女性の経営していたスナックのものである事実から、私は貧困問題が同じ日本にも存在していることに現実味がもてた。この体験の連続が社会を変える力になるのだと思う。アートから受ける語りは社会を変える力をもつ。そのことを知ってもらうためにもまずは言葉で伝えたい。アートと社会は、切っても切り離すことができない関係である。それは、アートは文化に根付く存在であり、社会は文化を形成する一要因であるからだ。南都焼き打ちでは、数々の寺院に被害が出た。そこで、仏教信仰を根強く持っていた人々は南都復興を目指した。それにより、禅宗様や金剛力士像等が生まれた。これは、仏教が社会に普及されたことを契機に生まれた仏教文化の中にアートが存在していた事実を示す例であり、また社会の動向からアートが発展した例でもある。このように、仏教信仰の大衆化等に見られる、社会が生んだ価値観が当時の文化を形成する要因の一つになりうる。そして、アートはその文化の一つとして民衆に受け入れられている。これは、鎌倉美術のような過去の話だけではない。現代においても同様であり、さらに、未来においても同様であるだろう。現代、新型コロナウイルスの世界的なパンデミックが引き起こされている。この状況下において、社会は急速にリモート化が促進されたほか、先進技術の発達と相まって、自動化やIT化がサービス業を始めとする多くの場で見られる社会になった。これにより人々は、これまで以上にインターネットに依存するようになり、何においてもインターネットを利用する様はいつしかネット文化と呼ばれるようになった。そしてこの文化の中に存在するアートがNFTである。仮想通貨を用い売買するNFTは、まさにネット文化に適合したアートの形である。さらに未来において注目する点はアートNPOの存在である。アートを人間生活の一部にすべく、子どもの芸術鑑賞などといった活動を行っている。このような活動はアートと人の距離を縮める術の一つであり、社会や文化は人間生活があり成り立っているため、今後アートと社会、文化が完全に分かれるとは考え難い。このように、アートと社会は過去、現在、そして未来において切っても切り離すことができない関係だろう。       82[教員コメント]社会に何か働きかけたり社会問題を世間に伝える上で、政治やジャーナリズムなどよりも芸術の方が強力でありうる場合を、鋭く論じています。また、文章全体を通して、日ごろから美術展を観に行ったり、アートについて意識的に考えていることも、よく伝わってきます。[教員コメント]短い時間の中でまとめやすい無難な内容に持っていかず、過去・現在・未来にわたるアートと社会の関係を、自分自身の観点・問題意識から積極的に論じようとした姿勢に好感を持ちました。特に、現代社会における仮想通貨の流通とNFTアートの問題を取り上げた部分は、読みごたえがありました。問題2 | アートと社会について、800字以内で自由に論じなさい。小論文

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