入試問題集2026|多摩美術大学
149/172

芸術とは一般的に生存に必要ないと言われている。私の学校の友人は入試や将来に関係ないから、と言い美術や音楽の授業をまじめに受けていなかった。確かに、多くの人々にとって美術や音楽は将来や生活に関係がないものだろう。学校の副教科でいえば、体育は体力、筋力作りの目的で、家庭科はまさしく生活とつながる。絵や音楽、舞台などは社会にあろうがなかろうが変わりないのだろうか。芸術は社会の中でどのような役割を持っているのだろう。人々は太古の昔から芸術活動を行ってきた。洞窟壁画に始まり、土器や油絵など様々なものに祈りや願掛けをして作ってきた。「子宝に恵まれますように。」や、「天候が良くなり豊作になりますように。」などだ。それはまさしく人々の生活と直結している祈りであり、芸術が生と死の掛け橋になっていたということであろう。また食料を保存する器なども生活に結びついていたというのは自明である。当時の人々はそれらを芸術作品だ、と意識して作っていなかったかもしれない。しかし私は、人の祈りや感情が手という身体の一部を媒介して、形として残ったものは全て芸術作品だと考えている。芸術があってもなくても変わらないものだったら、とっくの昔に廃れているだろう。人々の生活に必要な要素や感情に訴えかけるものがあるから現代まで創作され続け、芸術が生きているのである。また、芸術は社会に影響を与え、社会に影響されると考えている。最近、グスタフ・クリムトの絵画が約三百七十億円で落札されたというニュースを目にした。これは絵画史上二番目、現代の美術作品では最高額での落札とのことだった。私はこのニュースを見て純粋に、美術作品が動かす、金の膨大さに圧倒された。元は数千円のキャンバスと絵の具が、画家の手により何倍もの金になり、金持ち達に求められる絵画になることを改めて実感し、美術が社会に与える影響の大きさに驚いた。また芸術が社会に影響される事例も存在する。元は自分の好きな表現をしていたが、他の人に求められた作風に寄せてしまうことで自分独自の表現が分からなくなってしまうといったような事だ。芸術とは本来、自分の表現したいことをする活動であったはずだが、現代ではそれが制限されているような気がしてしまう。私はこのように、芸術と私達の生活は切っても切れない関係性であると感じている。見るものの大体は人によりデザインされているものであり、芸術に興味がない、と言う人でも全く同じ性能のものがあれば好みのデザインの方を選ぶ。芸術が社会に、社会が芸術に溶け込んでいるのだ。社会の中で私達は無意識に芸術に触れている。生活の中に根付いていて、小さな彩りを与えてくれるのが現代の芸術の在り方であると私は考えている。芸術はこれからも私達の生活と共に歩んでいくのだろう。芸術学科小論文一般選抜総合型選抜学校推薦型選抜    147小論文[教員コメント]美術は生存に不可欠なものではなく、社会実用性がないとしながらも、洞窟壁画から始まる人類の制作活動である芸術とは「人の祈りや想いが身体を媒介して形となったもの」と定義づけ、役立たなかったら淘汰されているので、だから重要だと論じています。シンプルな論でしたが説得的で果敢な文章でした。社会のなかで、なぜ芸術が必要だと思うのか、1,200字以内で自由に論じなさい。

元のページ  ../index.html#149

このブックを見る