The 6th Tokyo International Mini-Print Triennial 2018|多摩美術大学
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総評 東京国際ミニプリント・トリエンナーレも、今回で6回目を迎えた。一時期は日本各地で開催されていた国際版画のコンクール展が次々と姿を消していく中で、ミニサイズとはいえ一美術大学が主催する展覧会がさまざまな試練を越えて継続してきたことは自負されてよいのではないかと考えている。小画面という制約は、そこにすべてを凝縮させるという点で、むしろ版表現ならではの魅力を最大限に引き出すものでもあるだろう。 今回も海外から1733名、国内から194名という多くの応募があったのは、版画家たちの本トリエンナーレへの挑戦意欲の高さを物語っている。小さな紙片から制作者の個性や技法の多様性のみならず、それぞれの歴史に根ざした風土の匂いが濃厚に立ち上がってくるのは、審査する側にとっても大いに想像力を触発される光景であった。 さて一次審査ではデータベース化された応募作品から81カ国324名(海外269名、国内55名)の入選者が選ばれ、実作品による二次審査では19名の受賞者が選考された。 大賞のJihye LIM(韓国)の《at the bed 1801》はメゾチントの技法を駆使して精緻に描写された女性像で、スタティックな構成の中に不可思議なイメージの謎を宿らせており、モノクロームの画面ならではのポエジーの深さを印象づけずにはおかない。どっしりとした表現の強さを有しながらも、どこかユーモラスなところやある種の怖さの感覚をも潜ませた世界の独自性を高く評価したい。 準大賞のAngelina TSOUMANI(ギリシャ)の《fabric》は銅版の諸技法(エッチング、アクアチント、エングレーヴィング)とリノカットを併用した作品で、大賞の作品とは対照的に、いささかラフでもある描写がふくよかにしてチャーミングなニュアンスを醸し出している。ワンピースの衣装の紋様のリズミカルなパターンと両腕の即興的なボディーペイント的なイメージとを共存させるという発想がユニークな効果を生んでいる点も注目されてよい。 同じく準大賞のErika SUGIYAMA(日本)の《The without you scenery》は木版の作品で、全体の淡い色調と木版画ならではの色面の微妙なトーンの変化をはらんだディテールやグラデュエーションの感触が興味深い。フェンスにもたれかかった孤独な人物の姿はシルエットのように単純化されているだけに、さまざまな読み取りを私たちに誘いかけている。腕の前にあるコの字型の黒い線や上部の白い円といったシンボリックな形象は何であるのだろうか。すべての意味がアンビギュイアスであるだけに、寓意的な雰囲気の魅力を一層強く漂わせているといってもいい。 大賞、準大賞に限らず、私たちは本展の会場で、ミニプリントに賭けた版画家たちの豊穣なる表現を目の当たりにするに違いない。釈迦の耳に念仏といわれるかもしれないが、最後にあえて書生論を持ち出してみよう。版画家は版を制作するが、しかし版はプロセスであって作品ではない。その版面のインクを紙面に移行させるという作業の中で、表現は自らを成就させるのだ。物理的にして神秘的でもあるその手続きこそが、他のジャンルにはない版画に固有の世界をもたらすのである。紙という物質の特性が私たちの前により親密なものとして立ち現れるのが版画であるとするなら、細部に眼差しを向けることを強いられる小画面は、実にところ制約でもなければ限界でもなく、版と紙とが渡り合う神秘がより如実に示される場であるといってもよいだろう。多くの版画家たちが、メーンの仕事の一つとしてミニプリントに取り組んでいるのも、当然といえば当然のことである。本コンクールが郵送による国際交流のささやかな目論見であると同時に、ミニプリントならではの世界の楽しさに触れていただく機会ともなることを願っている。多摩美術大学学長/美術評論家建畠 晢04

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