得難いもの

須田 響音

作者によるコメント

私の生まれ育った土地あきる野市では、懐かしさや安らぎを感じ見ることがあります。
それは、祖父と登った山で実感する、植物の生命力や木漏れ日と霧などを感じること。湿気を肌で纏い、暗い獣道にふと気づき、ぬかるんだ土を踏み締めること。また、遠くから山を眺めて懐古に浸る瞬間などを指します。
自分の中のそれらを呼び起こすため、染織技法独特の滲み表現などを用いて、大切な「私の得難いもの」を表現しました。

担当教員によるコメント

須田さんの制作は、私的で繊細な感覚に深く依っている。故郷の山を祖父と登った時の心持ち、森の植物と光、湿り気、動物の気配。彼女がこの話をしてくれた時のひそやかな優しさが印象に残る。遠く山を眺める今、これを何というのかと話しあい「胸が締め付けられるほどのあたたかな懐しさ」と言葉が浮かんだ。祖父と歩いた山道を須田さんは一人辿るように、気持ちを静めて筆を布にそっと置き、ゆっくり息をはいて線を引くと、染料が染み出し滲んでいく。原画に基づき防染する間接表現は最小限にとどめ、伸びやかに直接染める。毎日、山に登るかのように、原寸大の何枚もの布に集中し制作した。その個人的な景色は、見る人の心と響き合う時、それぞれに得難いものを思い起こさせるだろう。

教授・川井 由夏