雑草と かたちと これからについて

秋山 エドガル

作者によるコメント

僕は周りのことで、わからないことだらけだ。
でも、考えているうちにわからないことだらけなことがわかってきた。
たったそれだけで世界はいつもより大きく動いて見える。
ものがそこにあることにもっともらしい理由なんてなくていい、きっと必要以上の言葉も。
夕日や花たちは美しくあろうとそこにいるのではないから。
僕たちは、それらを好きなように感じ取りそれらについて言葉をつくしても、決して完結させてはいけない。
わかった気になることは、ものにも君にも失礼だから。
本当はわかっているはず。
いつか公園で見た雑草も、ただ美しいこと。

担当教員によるコメント

普段使っている教室に、馴染みのある折り畳み机が天井まで積み重ねられ、いつも座っている折り畳み椅子が壁から壁まで隙間なく並べられている。物の配置や並べ方によって空間における物の在り方、空間そのものの在り方が変わる。いつも目にしている当たり前の物たちは名前や意味や機能を失い、これまで認識していたものとは異なるかたちや素材の集合へと変容する。エドガルはこの作品で、変わらない目の前の物としての事実が単一の事柄ではないことを暴露している。壁は椅子を挟む枠になり、椅子は壁を埋める板状の物体になり、積み重ねられた机は空間を隔てる壁になる。場と物の性質が呼応し、出会ったことのない新鮮な驚きがその場を満たす。

教授・長崎 綱雄