e-magazine

日本郵船 × 多摩美術大学|船員のウェルビーイング向上を目指す共創プロジェクト 特別対談

「当たり前」を揺さぶるデザインの力 ― 日本郵船と多摩美生による産学共同研究が描く、船員の新たな日常

上段左から: 鈴木基史さん( NYKバルク・プロジェクト株式会社)、上田貴裕さん(日本郵船株式会社)、中川大輔さん(日本郵船株式会社)、辻薫さん(郵船ロジスティクスグローバルマネジメント株式会社)
下段左から:ファ ジホさん、伊藤美奈子さん、土屋穂菜海さん、中村俐仁さん、杉浦嘉生さん(多摩美術大学生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻)対談の最後に行われた撮影にて。

「船の上で暮らす」とは、どんな日常でしょうか。2025年9月26日、『Cozy & Comfy』をテーマに、生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻の学生と、日本の海上輸送を支える大手企業・日本郵船株式会社(以下、日本郵船)の社員が最終成果報告会を行いました。 

本プロジェクトは、日本郵船が推進する「感動物流※1」と、本学が2021年より複数企業と連携して取り組むSDGs時代の廃棄物循環型経済モデル「すてるデザイン※2」を掛け合わせ、持続可能な未来に向けた海上物流のあり方を探る試みです。 

船員の「働く」と「暮らす」に心地よさをもたらす。その可能性をひらくのが、デザインの力です。 現場のリアルに触れた学生の学びと、学生の視点から企業が得た新しい発見。 両者の交流から生まれた価値が、社会へと広がる瞬間を対談から探ります。


※1 日本郵船独自の社内研修制度であるNYKデジタルアカデミーから派生したプロジェクト
「NYKデジタルアカデミー」について 詳細はこちら
「感動物流」について 詳細はこちら
※2 多摩美術大学「すてるデザイン」プロジェクトについて 詳細はこちら


お話をうかがった方々

日本郵船グループ

・上田貴裕さん 日本郵船株式会社 海務グループ海務新規事業サポートチーム 機関長
・鈴木基史さん NYKバルク・プロジェクト株式会社 海技第一グループ
・辻薫さん 郵船ロジスティクスグローバルマネジメント株式会社 Corporate Sustainability Group, Corporate Branding Team
・中川大輔さん 日本郵船株式会社 海洋事業グループ

多摩美術大学生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻

・伊藤美奈子さん (3年生) 
・杉浦嘉生さん (3年生)
・土屋穂菜海さん (3年生)
・中村俐仁さん (3年生)
・ファ ジホさん (4年生)
※所属等は対談当時、五十音順


学生たちの想像を超えた「現場」のリアリティ。身体的体験が変えるデザインの解像度

「大学の課題は、ある程度想像の中での話。でも今回は企業の方々と取り組むこともあって、その解像度が全く違いました」

プロジェクトに参加したプロダクトデザイン専攻の中村俐仁さんは、そう振り返ります。産学共同研究の価値は、まさにこの「リアル」にありました。

中村俐仁(以下、中村):
大学の課題だと、自分たちの問題を見つけて、それに向かってどういうことができるかを想像の中で進めます。でも今回は、企業の方の話を伺ったり、実際に船に乗って確認させていただく場面があったり、その現場感を感じながら進められるのがいつもの授業とは違って楽しいし、学びも多かった。今までは社会という漠然とした問題と向き合うことが多かったですが、自分たちが全く知らない船の上となるとまるで想像がつかない。本当に未知だったので…。知っている船の情報って、漁師か、その他はどうしても海賊のイメージがあったし(笑)

一同:
有名なマンガもあるからね(笑)

プロジェクトの端緒となったのは、徹底した現場リサーチでした。学生たちが訪れたのは、数千台もの車両を輸送する、全長がおよそ200メートルという巨大な「自動車専用船」。その内部に足を踏み入れるというフィールドワークは、学生たちの五感を強烈に刺激しました。

自動車専用船訪船の様子。
船橋(航行・操船・指揮を行う施設)で船長から説明を受ける学生たち。

エンジンの轟音やオイルなどの匂いが充満するその場所は、何ヶ月も船で過ごす船員にとっては「当たり前」の日常。しかし、学生たちの新鮮な目には、解決すべき課題の宝庫として映ります。

杉浦嘉生(以下、杉浦):
匂いとかも、日常だったら嫌なものがあればそこから離れればいいだけなんですけど、船の上では離れられない。逃げ場所がないんだな、と感じました。重油と排気ガスの匂いを嗅ぐと、「ああ、船に戻ってきたな」と思うって上田さんはおっしゃるけど…。

中村:
そう、訪船して体験したあの音量の感じとかは、やっぱり当たり前じゃない。主機(船のエンジン)が動くと、隣の人と話すのに耳元で叫ばないと聞こえないって聞いて…。そういうリアルに感じて動いていく感じが、産学共同研究の課題の特徴ですね。

ユーザーのリアルな声と、自身の身体で感じた強烈な原体験。その“出会い”こそが、今回のプロジェクトの創造性の源泉となります。


徹底した「調査と理論」が、確かな「デザイン」を導く-現場の慣習を揺さぶる、多摩美の体系的な思考プロセス

一方で、日本郵船の社員の方々もまた、学生たちとの協働から大きな発見を得ていました。当初、美大生に対して「アートの世界で思い思いに自由な表現を…」というイメージを抱いていたという鈴木さん。しかし、その印象は良い意味で裏切られます。

船員の暮らしを改善するデザイン案について、意見を交わす学生と日本郵船社員の方々。

鈴木基史(以下、鈴木):
皆さんと一緒にプロジェクトを行っていく中で印象的だったのは、課題の裏に潜むものは何か、と一歩下がって調査をしていく姿勢です。その過程は、非常に僕らにとっても学びになりました。ともすると、目の前の課題をすぐ解決してしまおうと先に行きがちですが、学生の皆さんは立ち止まり、考え抜く。その姿勢から、デザインは感性だけでなく体系的なプロセスによって形づくられるのだと改めて気づかされました。今回の共同研究は、私たちの想像以上に豊かな成果をもたらしてくれたと思います。

この「一歩下がる」視点こそが、日本郵船の皆さんの、長年の「日常」で見えなくなっていたものを浮かび上がらせました。累計十年以上を船上で過ごしてきた機関長・上田さんは、自分たち船員がいかにその環境に「慣れすぎて」いたかを振り返ります。

上田貴裕(以下、上田):
我々がずっと住んできた船室って、乗船するときには最初からもう「ここに住むぞ」という感じで仕事に入っていくんで、言ってしまえば普通の「部屋」なんですよね。社員の目からすると「どうせこんなもんだろう」と思っていて、特に気にもしない。そこを、社会人ではなく学生の視点から見てもらえるのは面白いし、気づきがありました。我々が「別に何もしなくてもいい」「今の殺風景なままでもいいだろう」と思っていたところに、いろんな味を加えてくれるのが面白いなと感じました。

この「当たり前」の感覚こそが、変化を妨げる最大の壁でもあったようです。中川さんも、その点を強く感じていたと話します。

中川大輔(以下、中川):
学生の皆さんにとって船内環境は非日常なんですが、我々にとっては日常すぎて、正直言うとそこから変化が生まれないんです。「普通」、「当たり前」になってしまっている。昔は課題意識を持っていたんでしょうけど、だんだん慣れてしまった。そこに学生の皆さんが「なんで困っているんだろう?」と、ご自身の暮らしとの違いを感じてくれた。我々はそういう発想をしてこなかったんです。だからこそ、今回のプロジェクトで生まれたプロダクトやアイデアは、単なる成果物以上の意味を持っていました。それは、変化を起こすための「思考のモデル」そのものだったと思います。

上田:
今回のプロジェクトで学生の皆さんから提案されたものは、いろいろ採用したいと思っています。ただ、アイデアやプロダクトをそのまま使うのではなく、「こういうことができるんだ」という可能性を、まず日本郵船の社員に知ってもらいたいのです。そこから、自分たちの仕事場を自分たちで変えていく――そのきっかけになってほしい。多摩美のプロダクトデザイン専攻の学生の皆さんの思考を、日本郵船の船員にもっともっと学んでほしいなと思いましたね。

中川:
そこは僕もすごく感じています。さっき上田さんが言ったように、もちろんアイデアそのものも重要ですが、アイデアが生まれる過程を船員や社員みんなに学んでもらうことが大切だと思います。その発想を取り入れて、彼ら自身でより良くしていく。それこそが、今後我々が目指す「仕組みづくり」の一環になるんです。我々のテーマで言えば、「発想を切り替えていこう」というのが一つのゴールなんです。


学生の多様なアウトプットが示す「船員に寄り添うデザイン」

学生の瑞々しい発想を楽しみながら、研究の成果を共有する対話の風景。

今回のプロジェクトでは、学生一人ひとりが船員の声に耳を澄ませ、多様なプロダクトを提案しました。花のモチーフのアートプロダクトを制作した伊藤さんは、テーマの自由さに当初は苦戦したと振り返ります。

伊藤美奈子:
最初に一番難しいと思ったのはこの課題の自由さでした。今まで比較的明確な課題が多かったので…。それに船で生活したことがないので、想像するだけでは分からない。(自分は女性なので)男性が多い職場の気持ちが分からない時もあって、そこは困りました。でも訪船して感じたのが、船の中に「色がない」ことへの気づきと、「四季を感じたい」という船員の方の声。この2つを練り上げて、花をモチーフとした壁面装飾のアートプロダクトで気持ちの変化を促す、今回の提案にしました。グレーが基調の船内に赤・黄・青といった原色があったら、生活も華やかになるんじゃないかなって。

伊藤さんが提案したアートプロダクト「カラフルウェーブ」。花のモチーフが光や色を反射し、船員のウェルビーイングを高める空間を創出する。

船員の仕事の知名度の低さに着目したのは土屋さんです。

土屋穂菜海:
船員の方へのインタビューで、「飛行機のパイロットは人気なのに船員はあまり知られていない」という話を伺いました。そこで、もっと一般の人に楽しく船員の皆さんの仕事を知ってもらえるものを作りたいと思ったんです。ゲームにすれば、小さなお子さんも「学ぶ」というより遊びながら自然と船の仕事に親しめるのではないかと考えて、そんなカードゲームを目指しました。

自身の経験をアイデアに繋げたのはファさんだ。

ファ ジホ:
僕は、韓国で兵役に行ったときに海軍に配属されました。セーラー帽をかぶると「自分は海軍なんだ」という誇りや、仲間との一体感みたいなものを感じたんです。 それがずっと印象に残っていて。今回のプロジェクトで訪船したときに安全のために無地の帽子を貸していただいたんですが、「これ、もっと活かせるんじゃないかな」と思ったんです。
船員の方々も、帽子をかぶることで所属感や使命感を感じられる帽子があればいいなと思い、今回のデザインを考えました。

こうした多様なアイデアが生まれるまでの「過程」そのものに、企業側も大きな価値を感じていました。

辻薫:
皆さんそれぞれの最終的なデザインやアイデアも楽しいんですけど、途中で方向転換したり、私たち日本郵船の社員と触れ合うことでアイデアや考え方をピボットする、そのジャーニー(アイデアや考え方の変化)がとても私自身も勉強になりました。学生ならではの発想を展開する皆さんと接したことでの気づきは、とてもいい経験でした。この記事を見て、また次の世代の学生さんが共同研究に入ってきてくれたら嬉しいですね。


このプロジェクトが生み出す、未来への広がり

産学共同研究の価値は、成果物だけにとどまりません。企業と学生との取り組み自体が、産業や社会にとっての新たな価値創造のきっかけとなります。

――学生の挑戦の「過程」から学びを得る一方で、企業側はこの取り組みを通じて、業界や社会にどのような未来を描けるかという期待も抱いていました。

上田:
今、日本の海運業界は船員不足という現状ですが、「日本郵船は変わろうとしてるんだ」というメッセージや取り組みを共有し、リクルート活動というよりは、子供たちに届けるストーリーとしてこの活動を通じてファンみたいな存在が増えていったらいいですね。

鈴木:
例えば皆さんが普段使う電気であっても、その電気となる燃料を輸送するのは、ばら積み船やLNG船(液化天然ガス運搬船)といったエネルギーの船であって、実はその過程は全く一般の消費者の方には見えないと思うんですよね。でもそういうところで船を使って海外からエネルギーを持ってきて、輸送の過程で頑張っている人たちがいるというところを、少しでも知ってもらえたら嬉しいなっていう思いは本当にあります。


未来の多摩美生へ

最後に、この経験を通じて学生たちが感じた「成長」について、未来の後輩たちへのメッセージとして語ってもらいました。

中村:
学校での課題には、どうしてもリアリティを感じにくい部分があって、想像できる範囲に限界があります。先生方から講評を受けて終わることもありますが、今回の産学共同研究は違いました。前年度の船員の方々のユニフォームデザインが実際に形になったように、社会での実装という「未来につながるものづくり」を視野に入れて取り組めます。リアルなものづくりを想像しながら思考を巡らせることができる点が、他の課題との大きな違いですね。

杉浦:
大学でリサーチしているだけだと、結局ネットの情報が大半になってしまいます。でも、直接船員さんの声を聞いてしまったら、もう無視できなくなるんですよ。そこで嘘をついてものを作るわけにはいかない。そうした実感が、今回一番大きかったんじゃないかと思います。


このプロジェクトを通じて、デザインが現場の課題に寄り添い、社会に具体的な価値をもたらす力を改めて実感しました。

多摩美術大学は、日本郵船株式会社との協働を通じて、これからも社会の現場と向き合う実践的な学びを積み重ねていきます。この共創が生み出す未来に、どうぞご期待ください。